パパのニューバック 番外編
「たまには真面目に平和について、考えてみよう」
昭和天皇のA級戦犯合祀に関するメモ問題が、先日からマスコミを賑わしているが、戦後史のうやむやの部分に光をあてる衝撃的なスクープとして、日経新聞にはおおいに敬意をはらう。 私もこの機に乗じ平和という事に関しすこしばかり意見を言わせてもらいたい。
音楽を楽しむには、まず基本的に平和でなければならない。
日本のポピュラーミュージックの歌詞はなぜかほとんどがラブソング、これが戦時下だったら歌うだけで軟弱な非国民として弾圧された。敵国欧米の歌も同様だった、歌えるのは軍歌だけ、という暗い時代がかつてこの国にはあった。
この頃の若い人は政治に興味は無いと簡単に言ってのけるが、その間に偏った考えの政治家と私欲に溺れた一部企業家によってひたひたと目立たぬように平和憲法は蝕まれてゆくんだ。
興味を無くさせている一因は大人の側にもある、代謝のないあまりに長すぎる自民党の一党支配や官僚や政治家の連綿と繰り返される汚職が絶望感だけをあたえてしまった。
だからといってこのままではいけない。よく“自分の一票じゃ何も変わらない”と選挙を棄権するが、だったらなぜ考えを人に伝え、あるいは歌に乗せ二乗三乗にしようとしないなのだろうか。せめて音楽を愛する人達だけでも、そう行動できればと考える。
気が付いたときはもう遅いのだ、勢いがついてしまうと憲法というものはそんなに簡単に元に戻せるものじゃない。だから普段から意識して国会の動きに目を向け、その意思表示としてて投票所に足を運ぼうじゃないか。
60年もの長きにわたり直接戦争に関与していない国は珍しく、おまけに適当に豊かで平和ボケするのも無理からぬことかも知れない。
がしかし自由と平和というものは空気のようにいつでも身の回りにあるものではない。多くの人々が血を流し死をかけてこそ、手に入れることができたものなのだという事を心の片隅に置いておこう。失って初めてその大切さに気づく、という愚かなことを繰り返さないように。
大声で歌を唄い自由にギターを弾ける時代がいつまでも続くことを願ってやまない。