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来たる艱難期:黙示録の歴史 第6部 <22>
ロバート・D・ルギンビル博士著 最終の事柄:千年王国と新しいエルサレム
黙示録20章1節―22章5節
II. 小羊の婚宴 :
(7)「門よ、おまえたちのこうべを上げよ。永遠の戸よ、上がれ。
栄光の王が入って来られる。」
(8)「栄光の王とはだれか。」 「強く、かつ力ある主、戦いに力ある主である。」
(9)「門よ、おまえたちのこうべを上げよ。
永遠の戸よ、上がれ。栄光の王が入って来られる。」
(10)「この栄光の王とはだれか。」 「万軍の主、これこそ栄光の王である。」
(詩篇24篇7-10節/NSB訳)
(1)すべての国々よ、手を打ち鳴らせ。喜びの声をもって神に呼ばわれ。
(2)いと高き主は恐るべきかた、全地の上におられる大いなる王である。
(3)主はもろもろの民をわれらの下に従わせ、国々をわれらの足の下に従わせられる。
(4)主はわれらのために嗣業を選ばれた。
これは主が愛されたヤコブの誇りである。セラ
(5)神は喜びの声のうちに上られ、主はラッパの音のうちに上られた。
(6)神にほめ歌をうたえ、ほめ歌をうたえ。
われらの王にほめ歌をうたえ、ほめ歌をうたえ。
(7)神は全地の王であるから、巧みな歌をもってほめ歌をうたえ。
(8)神はもろもろの国を治められる。神はその聖なる御座に着かれた。
(9)もろもろの国の君たちは、アブラハムの神の民として集められる。
地の王たちは神に属する。神は大いにあがめられる。
(詩篇47篇1-9節/NIV訳)
(19)[メシヤが語る:]「義の門をわたしのために開け!
(すなわち、エルサレムの東の門、および東に面した神殿の門)
わたしはそれらを通って入り、主をほめたたえよう。
(20)これは主の門である。正しい者はこれによって入る。
(すなわち、キリストを通して;ヨハネ10章1-9節参照)
(21) わたしはあなたをほめたたえよう。
あなたはわたしを低くされたが、(すなわち、第一の到来における苦しみ)
あなたはわたしに救いをもたらされたからである。
(すなわち、復活とハルマゲドンの勝利)
(22)[祝う者たちの合唱が応答する:]
「建てる者たちの捨てた石は隅のかしら石となった!
(23) これは主から出たことであり、われらの目には驚くべきことである!
(24) これは主のなされた日である!(すなわち、第二の到来)
われらはこの日を喜び楽しもう!
(25) ああ主よ、どうかわれらを救ってください!
(ホーシーア・ナー(הוֹשִׁיעָה נָּא/hoshi'ah na')=ホサナ!)[艱難期から]。
ああ主よ、どうかわれらに繁栄を与えてください!
(すなわち、千年王国の祝福)
(26) 主の御名によって来られる方(すなわち、メシヤ)は祝福されるように!
主の家から、われらはあなたがたすべて(すなわち、メシヤとその従者)を迎える。
(27) 主は神である! そして主はその光をわれらの上に輝かせてくださった!
いけにえを縄で祭壇の角につなげ。
(すなわち、十字架を思い起こさせるための、千年王国の開始における記念的いけにえ)
上に挙げた預言的でメシヤ的な詩篇に描かれている、
私たちの主イエス・キリストのエルサレムへの勝利の入城は、
この時点ですでに起こっており、また、エルサレムの神殿における主の着座、
および七つの雷の裁きの完了もすでに成し遂げられています。
その中には、キリストの花嫁である教会の裁きと評価も含まれています。
これらすべての予備的な事柄が完了し、主の日々の千年王国統治が始まる前に、
世界の歴史の中で最も驚くべき祝宴が催されます。
すなわち、主の勝利を祝う祝宴、小羊の婚宴です。
この宴がこのように呼ばれるのは、それがまた、
イエスがご自身の最も尊い所有物である教会を勝ち取り、
それを受け取られたことを記念するものでもあるからです。
この教会は十字架において勝ち取られ、そして今や復活によって
永遠に主の御腕の中に置かれるのです。
(6) わたしは、大群衆の声のようなもの、多くの水の音のようなもの、
また激しい雷鳴のようなものがこう言うのを聞いた、
「ハレルヤ!(すなわち、『主をほめたたえよ』)全能者なるわれらの神、主は、
その王としての統治を開始された!
(7) われらは喜び、歓喜し、主に栄光を帰そう。
小羊の婚礼が来て、その花嫁が(直訳「妻」;黙示録21章9節参照)
自らを整えたからである。
(8) そして、彼女には純粋で輝く、最上の織物からなる[衣]を着ることが許された」。
(この最上の織物とは、主の聖なる者たち[信者たち]の義の行いを表している)
(9) そして[御使い]はわたしに言った、
「これを書き記せ。小羊の[婚礼の]晩餐に招かれている者たちは幸いである!
これらの[わたしの]言葉は、神の真実の言葉である。」
私たちはすでに、キリストの花嫁としての教会という聖書的比喩について学びました。
(この研究シリーズの第5部.V.「小羊の花嫁の復活」参照;エペソ5章22-32節参照)
しかしここで重要なのは、
この婚礼の祝いが旧約の預言の中にも見いだされるということです。
雅歌(カルヴァン主義の諸派において伝統的に理解されてきたように[1])は、
花婿としてのキリストと、その花嫁としての教会に関する寓話であり、
(雅歌3章6-11節, 8章11-12節; 歴代誌上22章5-19節参照;
ソロモンは預言的存在ではないが、型としてのダビデの子です)
このメシアとその婚約された花嫁との類比は、
特にメシヤ的婚礼の詩篇である詩篇45篇においても見られます。
指揮者のために。「ゆり」の調べに合わせて。
コラの子たちによる。マスキール。
婚礼の歌
(1) わたしの心は気高いことばによってかき立てられ、
王のためにわたしの詩を語り出す。
わたしの舌は巧みな書記の筆である。
(2) あなたは人の子らのうちで最もすぐれておられ、
あなたのくちびるには恵みが注がれている。
神があなたをとこしえに祝福されたからである。
(3) 勇士よ、あなたの剣を腰に帯びよ。
威光と威厳を身にまとえ。
(4) あなたの威厳をもって、勝利のうちに進み出よ。
真理とへりくだりと義のために。
あなたの右の手は恐るべきわざを成し遂げるであろう。
(5) あなたの鋭い矢は王の敵の心を射抜き、
国々はあなたの足の下に倒れるであろう。
(6) 神よ、あなたの御座は世々限りなく続き、
義のつえはあなたの王国のつえである。
(7) あなたは義を愛し、悪を憎まれる。
それゆえ神、あなたの神は、
喜びの油をもってあなたに油を注ぎ、
あなたをあなたの仲間たちにまさって高く立てられた。
(8) あなたのすべての衣は没薬と沈香と桂皮の香りに満ち、
象牙で飾られた宮殿から、
弦の音楽があなたを喜ばせる。
(9) 王の娘たちはあなたの栄えある婦人たちの中にあり、
あなたの右にはオフィルの金をまとった王妃が立つ。
(10) 娘よ、聞け。心して耳を傾けよ。
あなたの民とあなたの父の家を忘れよ。
(11) 王はあなたの美しさを慕い求める。
彼を敬え。彼はあなたの主である。
(12) ツロの娘は贈り物を携えて来、
富める者たちはあなたの恵みを求めるであろう。
(13) 王女はその内室においてすべて栄光に満ち、
その衣は金で織り込まれている。
(14) 刺繍の衣を着て、彼女は王のもとへ導かれる。
彼女に従うおとめたちも、
あなたのもとへ連れて来られる。
(15) 彼らは喜びと楽しみのうちに導き入れられ、
王の宮殿に入る。
(16) あなたの子らはあなたの父祖に代わり、
あなたは彼らを全地の君たちとするであろう。
(17) わたしはあなたの名をすべての世代にわたって記念させる。
それゆえ諸国の民は、とこしえにあなたをほめたたえるであろう。
(詩篇45篇1-17節/NIV訳)
上の節々において注目すべきことは、ここにも「花嫁に従うおとめたち」(14-15節)の
存在が見られるということです。
これらの「友人たち」は、黙示録19章9節においても、
大いなる婚宴に招かれた者たちとして見られました。
(「小羊の[婚礼の]晩餐に招かれている者たちはさいわいである!」)
これらの人々には、この時点でイエス・キリストを信じているすべての者たちが
含まれることになります。
そして疑いなく、その中心は、主の再臨を目撃した直後に
イエスへと立ち返ったユダヤ人たちの大集団であると思われますが、
同様にイエスを信じるようになった異邦人たちも、もちろん除外されることはありません。
人々は東からも西からも、また北からも南からも来て、
神の国の祝宴の席に着くであろう。
(ルカ13章29節; 参照. マタイ8章11-12節, 22章1-14節, 25章1-13節; ルカ14章16-24節)
この宴の場所について言えば、それは確かにエルサレムにおいて行われることになります。
(6)万軍の主はこの山の上で、すべての民のために豊かな食物の宴を備えられる。
それは、よく熟したぶどう酒の宴、脂ののった最上の肉と、
えり抜きのぶどう酒の宴である。
(7)この山の上で主は、すべての民をおおっているおおい、
すべての国々の上にかぶさっている幕を取り除かれる。
(8)主は死をとこしえにのみ込まれる。主なる神はすべての顔から涙をぬぐい取り、
ご自分の民の恥を全地から取り除かれる。主がこう語られたのである。
(9)その日、人々は言うであろう、
「見よ、この方こそわれらの神。
われらはこの方に信頼したので、われらを救ってくださった。
この方こそ主である。われらはこの方に信頼した。
われらはその救いを喜び楽しもう。」
(イザヤ25章6-9節/NIV訳)
この集まりのための特別な備えには、とりわけ会衆を風雨などの外的要素から守る、
超自然的な「覆い」も含まれることになります。[2]
(11) わたしはあなたがたに言う。多くの人が東からも西からも来て、
天の御国においてアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴の席に着くであろう。
(12) しかしこの国の子らは外の暗やみに投げ出され、
そこで泣き叫び、歯ぎしりするであろう。」
(マタイ8章11-12節; 参照.ルカ13章28節; 黙示録3章19-20節)
メシヤが再臨されるときに応じる者たちは、まことに幸いであると言えるでしょう。
なぜなら彼らは、その来たる大いなる試練の時代において信仰を守り、
主の再臨のときに主を迎えるためによみがえったすべての者たちと共に、
その日々の中で最も偉大なその日に、栄光に満ちた祝いに招かれるからです。
というのも、これらのすばらしく祝福された出来事は、むなしい望みではなく、
神の揺るぐことのない御心によって定められた将来の現実だからです。
それらは「神の真実の言葉」なのです。(黙示録19章9節後半)
この宴そのものの長さは明らかにされていませんが、疑いなく何週間も続くことでしょう。
(歴代誌下30章23節参照)
しかし多くの点において、千年王国そのものが、
イエス・キリストの勝利と統治を祝う祝典となるでしょう。
それは、エデンの園以来比類のない千年にわたる祝福であり、
永遠の状態の開始に至るまでは、それに匹敵するものは現れないのです。
それゆえ当然のことながら、預言者たち、とりわけ詩篇には、
この驚くべき時を待ち望む勝利と祝いと感謝の歌が満ちあふれており、
それらはその壮大な機会において歌われ、その意味の深さは、
そのときになって初めて十分に理解されることになるでしょう。
(例えば、詩篇47篇1節-, 76篇1節-, 95篇1節-100篇; イザヤ26章1節)
あなたがたの神をほめたたえよ、もろもろの民よ。主をほめる声を響かせよ。
主はわれらのいのちを保ち、われらの足が滑るのをお許しにならなかった。
まことに神よ、あなたはわれらを試み、銀を精錬するようにわれらを精錬された。
あなたはわれらを[牢の]とりでの中に導き入れ、
われらの上に苦難を置かれた(直訳「われらの腰の上に」)
あなたは人々にわれらの頭の上を乗り越えさせられた。
われらは火の中、水の中を通った。
しかし、[これらすべてにもかかわらず]
あなたはわれらを[憩いの]場所へと導き出された。(すなわち、救いへと)
それゆえ私たちは、そのすばらしい祝宴にただ加わるだけでなく、
イエス・キリストのためにささげた私たちの生涯の働きの結果として、
それを余すところなく楽しむことができるような、すぐれた席を占めることをも、
自分にとって大切なこととすべきです。
(7)彼は客たちが上座を選んでいるのを見て、彼らにたとえを語られた、
(8)「だれかに婚宴に招かれたなら、上座に着いてはならない。
あなたより身分の高い人が招かれているかもしれない。
(9)もしそうであれば、あなたがた両方を招いた主人が来て、
『この人に席を譲りなさい』と言うであろう。
そのとき、あなたは恥をかいて末席に着かなければならなくなる。
(10)しかし招かれたなら、末席に着きなさい。
そうすれば主人が来て、『友よ、もっと上座へお進みください』と言うであろう。
そのとき、あなたは共に席に着いているすべての人々の前で誉れを受けることになる。
(11)なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、
自分を低くする者は高くされるからである。」
[1] 例えば、1599年ジュネーブ聖書における雅歌の注解を参照してください。
[2] また、これには、参加者の極めて多数に対応するための、
何らかの超自然的な収容手段も含まれるであろうと考えられます。
(教会の裁きの際における、時間の超自然的な圧縮に類似したものです)
<23>に続く
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たといわたしたちの外なる人は滅びても、
内なる人は日ごとに新しくされていく。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、
永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。
(第2コリント4:16)
感謝します
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庭の白のモッコウバラ
花嫁のブーケみたいだね![]()
今日もありがとう~![]()












