もうすぐ運動会。

娘は練習で毎日くたくたな様子だけど、練習内容等、楽しそうに話をしてくれる。くたくただけど、充実した毎日を送っている。私もこのくらいの年齢の頃は、そんなだったような記憶がある。「疲労」イコール「つらい」ではないのだ。

 

 娘は走るのが遅い。ものすごーーーく遅くて、娘の走りを見る度に「まじか?!」って親の私でさえ思うから、先生やクラスメイトは尚更まじめに走れと思っているだろう。(でも娘は至って真面目に走っている)

ここまで遅いと、走ることに苦手意識があるだろうと考えるのは余計なお世話?凡人の発想であり、当の本人は走ることに苦手意識なんて全く無いから面白い。「遅い」だから「走るのキライ」ではないのだ。

 

 

入学した小学校の初めての「走ろう会」。女子51名中51位。

1位の子とは周回遅れでゴールしたけれど、「楽しかった~照れ音譜」とご満悦だった。

 

 自由に娘のペースで走らせてくれた先生に感謝。応援してくれたクラスメイトに感謝。

 よい学校だなぁ、と感動した出来事だった。(この学校に残り、夫には単身赴任してもらうかほんとに悩んだ。実はいま、この学校を去ったことをものすごく後悔している。)

 

と、これが転校する二年前の話。いま現在の娘(小学三年生)に、今も走るのは好きか尋ねてみた。

遅いって言われるけど、いまも変わらず走るのは楽しいそうだ。

だけど、運動会では得点とか勝敗がかかっているから、まわりからもっと頑張れと言われてるそうだ。

この先いつまで、娘は楽しく走れるのだろうか。