三河人といえば三河武士。尾張人からは山猿とかいわれている。

ということは、岡崎生まれのわたしも山猿である。まったく失礼な話しである。もとい。

三河武士といえば、例の家康公である。

家康公といえば徳川300年の土台をつくった傑物である。

300年続く「社会装置」をつくったというのは、すごいことである。日本史はおろか世界史でも例がない。

したがって三河人はすごい。

・・・春風桶屋的詭弁である。


標題は、これを撤回します。はい。論理の飛躍ありです。



わたしが主張したいのは、あるべき「組織」の原型が、三河地方の企業に散見されるということにすぎない。別に、三河と限定する必要もないが、家康公にあやかって三河びいきしてみただけのことである。

そして、組織とは何か、をシンプルに考えてみたいのである。


わたしは自由業的要素をもつ組織人である。

なので、両方の違いがよくわかる。

基本的に自由人が組織のなかで生きていくことも、その反対も、本人と周りにとって苦痛をともなう。

わたしにそれができるのは、やはり組織人の要素がつよいからである。


さて、組織人として世界に冠たるT社やそのグループ企業の重役やオーナーの方々とお会いして思うのは、彼らは一様、


「周りから心底支持されている」


ことである。

これは、まさしく組織の鑑である。

「下」が「上」を戴けない団体は、もう組織とはいえない。

因みに下剋上は、「デキの悪い具体的な上司」を殺して、「大義という抽象的な上司」に忠誠をつくすため

のものである。

つまり、組織とは、「下」が「上」を支えつづける場である。

間違いない。そして「上」は「その上」の大義に仕える。

この場合、私利私欲はありえない。

こういう関係がくずれたとき、組織は崩壊したという。


翻って、あなたはどうであろうか。

身を挺して尽くせる「上」に恵まれているだろうか?

そうでないとしたら、その組織には見切りをつけたほうがいいのかもしれない。

組織人として、生きがいを感じたいなら。


わたし?

そりゃぁー、いるよ。恵まれてるほうかもね。


【今日の遺言】

もっと書きたいことはあるが私に許されたブログタイム(10分)ではこんなものです。

数日前、わたくしのクライアント企業が某市場に株式を上場しました。

初値*)’&%$円でした。

ちなみに、わたしの担当者もそこのストックオプション#$%&’株分持っていて、時価総額で約¥-p@:;億円。トイレにいきたくなりました。

やっぱ当社も上場しようよ。ねぇ。


みなさん夏休みです。元気な姿でまた会いましょう。