ご訪問ありがとうございます。
ほったんです。
今日も晴天ですね。
とはいえ、
朝、靴下を履こうとしたら、
左腰にガクンとくるものが。。。
今もちょっと痛い感じです。
二日前にしたストレッチが二日後に来たのかもしれません(笑)
そんなところですが、
今日も福島正伸さんのメルマガから気づきと学びを書いています。
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人が成長するのは、
思いやりに溢れた人になるため
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【ほったんの気づきと学び】
「何を言ったかではなく、
誰が言ったか」
といわれることがあります。
たいていの人は、何を言ったかより、
その言葉を言った人が信じられる人ならば、
信じますし、信じられない人だと思えば、
その言葉にあまり従うことはありません。
従うことがあったとしても、
それは上司とか地位などの力を借りてのものだと思います。
その人のために動こうと思う人は、
どんな人かといえば、
それまでの付き合いで、
思いやりを感じた人なんではないでしょうか。
思いやりを感じない人の言葉なんて
言うことは聞きません。
それにいざとなったら、
その人は裏切られると思いますし、
命をとられることになるのかもしれません。
かといって、
裏切られるのは嫌だからとか、
命をとられるかもしれないからだとかいうわけで、
思いやりに溢れる人にならなければならないわけでは
ありません。
人が幸せある人生を送ろうとするならば、
思いやりに溢れた人と付き合うことだからです。
つまり、
思いやりに溢れた人がいることで、
それが周りに伝染し、
周りが思いやりに溢れた人になっていくからです。
人は思いやりを持って欲しい欲求を
心の奥にもっています。
誰だって、争いごとは本来はしたくありません。
人に命令されて動かされることを好みません。
人に愛されたいと思っています。
人を信じたいと思っています。
そういう心の本当に求めていることを
満たしてくれるのが、
思いやりに溢れた人なのです。
しかし、
現実には自分のことさえよければいいという人が
多い世の中です。
そういう中で、思いやりを持っている人は稀有の存在です。
なので、
その稀有な存在になるために、
人は自分自身の幅を広げて、
自分自身を深く知ることをしなければなりません。
それを「成長」と呼ぶのです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今日も善き一日になりますように。