こんばんは、ほったです。
いつも来てくださる方、
はじめての方、
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訪問していただきありがとうございます。
今日も世界を変えるためにブログを書かせてもらっています。
毎週金曜日は、
人生という旅において指針になる言葉を書いています。
少しでも多くの人が有意義な人生を送れることを願って。
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<今回のことば>
『何も、なあんにも隠してないし下心もないよ。』
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「愛とは?」
人間はずっと問い続けてきました。
「愛とはいったいなんなのだろう?」
相手との境界を取り払い、深くつながり合うこと。
裸になって人生の飛び込み、すべてと解け合うこと。
「命はひとつ」と感じて本当の自分に戻ること。
―それが「大いなる愛」です。
「大いなる愛」に基づいて、パートナーとの関係、
結婚のカタチを考えます。
これまで求めても得られなかった、
強い絆に結ばれた、刺激的で、ワクワクする、
ロマンティックな関係を、手にするのです。
■人間関係における一番のチャンレンジは、
「透明性」
です。
ありのままであること、
隠しごとがなく正直だということです。
たとえ、
何年もいっしょに過ごしている素晴らしいパートナーとの間でも、
小さな恐れを感じる瞬間は常にあります。
もし彼女がこれを知ったらどうなる?
もし、あのことがばれたら?
もうボクを愛してくれないのではないだろうかと。
■例えば、ちょっと出かけていっただけなのに、
車なんか買っちゃった時には・・・・。
たまたま散歩していたときに、
前から欲しかった車を見つけてしまって、
それも今が買い得!
なんて言葉が並んでいたり、
営業マンに素敵な言葉を言われたりしたら、
思わず買ってしまうものです。
そして、有頂天で車に乗って帰ります。
ところが、
「こりゃ、やばい。
どうやって妻に隠しておけるだろう?」
と現実に戻ります。
もちろん、そんなものはすぐに見つかってしまうものです。
けれど、
本人は、
「どうやったら隠しておけるだろう」
と、小学生になってしまうものです。
けれど、そのとき、
「もしかして、これった馬鹿げてないか?」
と思いなおすことです。
そして、携帯から電話をします。
「今帰り、外で待ってて。見せたいものがあるんだ」
「何?何のこと?」
「車買った!」(ゴクリ・・・・・・・)
■完全に正直であることは、心から信頼できる人に対してでも、
人間関係における一番のチャレンジなのです。
奥さんを人生を賭けて信頼していたとしても、
彼女も無条件で愛してくれていたとしても、
それでも自分がどう感じ、思い、考え、理解し、
または誤解するか、
すべてのことに関して彼女の前で完全にクリアでいること、
フルにオープンで、まったくあけすけでいることには、
不安を感じてしまうものです。
この思いがどこから来ているのか?といえば、
人間関係において正直であることへの恐れは、
ずっと大昔からの神にたいする恐れではないかと思います。
「このことで神様は、ボクにきっとひどい罰を与えるぞ」
今も私の中にはあります。
間違いなく!
■けれども、分る人は分ると思いますが、
これは本当の神様ではありません。
私の想像のなかの神であり、
恐れのなかに住む神のイメージです。
私たちは、心の奥深いところにある、神によって裁かれ、
誤解され、罰せられるという恐れを、
人生のなかの人々、パートナー、愛する人、仕事の上司、
人生の大切な部分を左右する人たちに
投影しているのではないだかと思うのです。
だから人間関係における一番のチャレンジは、
人生のなかの大切な人々を神として、
自分の親友である神として考えるということです。
神との友情を持つように、
自分のパートナーと、愛する人たちと精神的にも肉体的にも
素っ裸で目の前に立てるような、
そんな素晴らしい友情を持ちたいのです。
そして、、、
「ほらこのとおり――何も、なあんにも隠していないし
下心もないよ。これがボクのすべてさ!」
なんて、
言えることが私の日々向き合っている最大のチャレンジです。
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▼今日の日記▲
実際、隠しごとだらけというか、
聞かれないから答えないこともあります。
とはいえ、聞かれても答えたくないことは答えることしません。
まだまだですねー。
幼いときからのものがありますね。
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【最後に一言】
素っ裸になりたい!
最後までお読みいただきありがとうございます。
今日も善き一日になりますように。