ほったんです。
夕方ぐらいから腰の状態が
かんばしくありません。
固いイスに座っていたからでしょうか。
それとも、
ちょっと歩きすぎたからでしょうか。
何事もないことを祈ります。
今日は購読している致知メルマガから
気づきと学びを書いています。
ここから
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偉人たちの一日一言 平成28年4月21日(木)
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「日常の何気ない出来事も
すべてが奇跡の連続である」
──鈴木秀子(国際コミュニオン学会名誉会長)
◆『致知』最新号 連載
「人生を照らす言葉」より
* * * * *
人間の本当の素晴らしさは、
日常生活にどっぷりと浸かっている限りは、
なかなか表れてはきません。
人間の魂の光を
欲が覆い尽くしてしまうからです。
生きていく上でお金は大事です。
しかし、ある程度裕福になってきた頃から、
「もう少し、もう少し」という作用が働いて、
欲求が際限なく膨らんできます。
いろいろな方の話をお聞きしていると、
「もう少し生活に余裕があったら」
と思うくらいが一番、
欲に振り回されない生き方ができるようです。
目の前の欲に振り回されないようになると、
そこに他者への慈しみが生まれ、
自分が生かされている存在である
という自覚が生まれてきます。
その自覚がさらに深まると、
日常の何気ない出来事も
すべてが奇跡の連続であると分かり、
深い感謝で心が満ちるようになります。
朝起きられることも、
ご飯をいただけることも、
働く職場があることも、
電車が動いていることも、
当たり前のものは、
この社会に何一つないのです。
子供が悪い悪いと嘆くご両親は、
その子が生まれた時、
「ああ、五体満足でよかった」
と思わなかったでしょうか。
命の危機に陥って、それでも
「一流大学を目指せ」などと言うでしょうか。
子供という存在そのものが
ありがたいと思えば、
そこに感謝の思いが
生まれないはずがありません。
↑
ここまで
【ほったんの気づきと学び】
人は自分自身が奇跡の存在だと
確信するようになれば、
お互いに憎しみあったり、
自分自身を傷つけることはなくなるのでは
ないでしょうか。
何かあったから、
支援するというのではなく、
普段の何気ない日常生活そのものが、
お互いの支援の上のなりたっていると
いうことにいいかげんに気づくべきです。
そして、
できることは、
感謝することだけです。
しかし、
いつの間にか忘れてしまうんですよね。
昔、夕方にやっていたB級映画で、
宇宙人が地球人の体を乗っ取る場面だけを
覚えています。
人間そのものは素晴らしいと思いますが、
何かに乗っ取られてしまうのかもしれません。
毎日、生きていることに感謝する。
それはお互い様という気持ちの通じ合いです。
そんなことを意識して、
生きていくことで、
社会は変わるのだと思います。
けど、
難しいかなー(笑)
最後までお読みいただきありがとうございます。
【ほったんの気づきと学び】
人は自分自身が奇跡の存在だと
確信するようになれば、
お互いに憎しみあったり、
自分自身を傷つけることはなくなるのでは
ないでしょうか。
何かあったから、
支援するというのではなく、
普段の何気ない日常生活そのものが、
お互いの支援の上のなりたっていると
いうことにいいかげんに気づくべきです。
そして、
できることは、
感謝することだけです。
しかし、
いつの間にか忘れてしまうんですよね。
昔、夕方にやっていたB級映画で、
宇宙人が地球人の体を乗っ取る場面だけを
覚えています。
人間そのものは素晴らしいと思いますが、
何かに乗っ取られてしまうのかもしれません。
毎日、生きていることに感謝する。
それはお互い様という気持ちの通じ合いです。
そんなことを意識して、
生きていくことで、
社会は変わるのだと思います。
けど、
難しいかなー(笑)
最後までお読みいただきありがとうございます。