こんばんは、ほったです。
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訪問していただきありがとうございます。
今日も世界を変えるためにブログを書かせてもらっています。
毎週金曜日は、
人生という旅において指針になる言葉を書いています。
少しでも多くの人が有意義な人生を送れることを願って。
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<今回のことば>
『愛を終わらせるもの~必要・期待・嫉妬~』
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「愛とは?」
人間はずっと問い続けてきました。
「愛とはいったいなんなのだろう?」
相手との境界を取り払い、深くつながり合うこと。
裸になって人生の飛び込み、すべてと解け合うこと。
「命はひとつ」と感じて本当の自分に戻ること。
―それが「大いなる愛」です。
「大いなる愛」に基づいて、パートナーとの関係、
結婚のカタチを考えます。
これまで求めても得られなかった、
強い絆に結ばれた、刺激的で、ワクワクする、
ロマンティックな関係を、手にするのです。
■人間関係の場には落とし穴があります。
たいていの場合、最初の問題は、自分自身を愛することを
学んでいないことです。
ごく当たり前のことですが、私たちが相手に与えられるのは、
自分が持っているものだけです。
こっちに愛がなければ、相手に差し出すことはできません。
けれど人は、自分を愛することを許せないために、
探し求めている誰かとの真実の愛の経験から、自分自身を
締め出してしまっているのです。
■次に、
ようやく自分を愛することができるようになったとしても、
今話したように、人がひとつであることを生きようとすると、
ありとあらゆる問題が発生してしまうような現実社会を、
私たちが既に創り上げてしまっています。
人間関係の場で、私たちの愛を待ち構えている具体的な罠と
いえば、3つのラブ・エンダー(愛を終わらせるもの)、
必要、期待、嫉妬
です。
私たちは、ほとんどの場合そのことに気づいてもいないですし、
それが自分たちにどう影響するかもわかっていません。
それらについてお話しますと、
■まず最強ラブ・エンダー、必要。
人びとが気づかないうちに忍び入り、根を張って、そこらじゅうの
人間関係の場にはびこってしまいます。
それは、愛と必要の違いがわからずに、
日常的にそのふたつを混同している人たちは非常に多いのですが、
必要というのは、幸せになるために「自分には何かが足りない。
その何かは、自分以外のところにある」という幻想です。
そう信じている人は「愛」と呼ぶなのプロセスのなかで、
「必要な何か」のために、自分の持っているものを片っ端から
引き換えに出してしまいます。
なぜそんなことをするのかとえいえば、
「どんな愛も条件付き」という神話を信じているからです。
2番目のラブ・エンダーは、期待。
自分の人生のなかで、ある特定の人物が、特別な役割を演じて
くれるという考え方。
またその人物がいつも、自分の考えるイメージどおりの人間で
いてくれることを求める気持ちです。
期待は自由を制限します。
相手を完全に自由にし、そのままの彼らを愛する代わりに、
相手が自分の作った型にはまることを期待するとき、
自由という愛の本質が侵されるのです。
ラブ・エンダーの最後は、嫉妬。
嫉妬が人間関係のなかで横行するさまには驚くばかりです。
嫉妬は傍若無人に暴れまわります。
相手の注目を自分からそらすことに対してならなんにでも、
人でも、物でも、
相手の友人や家族、余暇、はては子どもたちと
過ごす時間にまでも!
この手の嫉妬は、「幸せは、恋人がいつも私といっしょにいるか
どうかにかかっている」という思い込みに始まる。
必要から生まれ、期待によってさらに強まる感情だ。
これは確実に、人間関係を消滅させます。
■真実の愛を育てるためには、
こういった罠があることに気づき、
それが自分たちにどう影響するかを考えて、
人間関係に侵入させないように気をつけることが、
とても大事なのです。
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▼今日の日記▲
今日は昨日の余波からでしょうか、
何もする気になれませんでした。
そんな日もあるかなというところです。
とはいえ、
これからやろうとすることは、
この10年ぐらいの集大成にするつもりです。
“つもり”というところで、
ちょっとまずいかもしれませんが(笑)
そうであったとしても、
今までと違う自分を創造していこうと思います。
この1ケ月がまずは大事になりますね。
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【最後に一言】
創造しよう!
最後までお読みいただきありがとうございます。