いつもお読みいただきありがとうございます。
ほったんです。
今日、ある人に顔がむくれているといわれました。
特に目が腫れているといわれました。
自分では、気にしていなかったのですが、
言われてから、ちょっと、気になりはじめました。
また、
別の日に、エクレアを食べていたら、
最近、甘いものばかりたべていると指摘を受け、
「疲れている」んだといわれました。
自分としては、そんな気はなかったのですが、
その時は、違うよという気持ちが起きましたが、
もしかすると、目覚めが悪いので、疲れているのかなと
思いはじめています。
このふたつの指摘は、当たっているかもしれません。
ただ、自分が信じ始めたのは、
言葉によってです。
もしかすると、
言われなかったら、特に何事もなくそのまま治ってしまうこと
だったかもしれません。
逆に、
今以上に大きなことになることを防ぐ一言になるのかもしれません。
とはいえ、
意識し始めたのは、言われてからです。
人は、人の思い込みを言われることで、
そのことを意識しはじめます。
特に、意識しようと思わなくても、
指摘されると、こころのどこかに残ってしまいます。
自分のことはあまり鏡でもみないので、
人に言われると、そうかなと思います。
それは、それで、素直に受け入れるべきかと思いますが、
「疲れている」には、なんとなくその人の強い思い込みを
感じるので、こころのどこかで受け入れることができない面も
あります。
けれども、
確かに、行動としては甘いものを食べているし、
朝起きるのもつらいので、体のどこかに疲れがあるのかもしれません。
というように、
人から、自分の見えないところ、意識していないところを
指摘されると、人は信じ込んでしまいます。
特に健康面ですが。
ですから、
人に指摘を受けたときは、
それをまず、素直に受け入れ、
自分自身で咀嚼することが大切になります。
特に、自分で見えていないところですね。
そこから、自分がどう見られているのか、
人の見方を知ることも自分を知る良いてがかりになるんだと思います。
自分を知ることで、
より良い自分をつくっていく。
それが、人からの指摘という言葉のミサイルをくらったときの
対処法なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございます。