画像引用元:eiga.com

 

 

◼️原作:竹山道雄

◼️監督:市川崑

◼️出演:三國連太郎

    安井昌二

◼️1956年 日本 116分

 

 

 

 

竹山道雄の原作を、「青春怪談(1955 市川崑)」の和田夏十が脚色し、「こころ」の市川崑が監督、「銀座二十四帖」の横山実が撮影を担当した。

主なる主演者は「悪の報酬」の三國連太郎、伊藤雄之助、「幼きものは訴える」の安井昌二、「あこがれ(1955)」の北林谷栄など。

なお一部分はビルマにロケを行っている。

 

一九四五年の夏、敗残の日本軍はビルマの国境を越え、タイ国へ逃れようとしていたが、その中にビルマの堅琴に似た手製の楽器に合せて、「荒城の月」を合唱する井上小隊があった。

水島上等兵は竪琴の名人で、原住民に変装しては斥候の任務を果し、竪琴の音を合図に小隊を無事に進めていた。

やがて、小隊は国境の近くで終戦を知り、武器を捨てた。

彼らは遥か南のムドンに送られることになったが、水島だけは三角山を固守して抵抗を続ける日本軍に降伏の説得に向ったまま、消息を絶った。

一方、ムドンに着いた小隊は、収容所に出入りする物売り婆さんに水島を探して貰うが生死のほども判らなかった。

ある日、作業に出た小隊は青い鸚鵡を肩にのせた水島に瓜二つのビルマ僧を見掛けて声をかけるが、その僧侶は目を伏せて走り去った。

水島は生きていたのである。

引用元:eiga.com

 

 

水島上等兵は、なぜ日本に帰らなかったのか?

 

 

戦争が終わり、命も助かり、仲間も家族も待っているはずなのに——

彼はビルマに残り、僧侶となって死者を弔い続ける道を選びました。

 

その選択は、一見すると「普通ではない」ように映るかもしれません。

でも精神科医として私は、彼の中に深い心の傷と、そこから生まれた祈りのような意志を感じます。

 

 

 

生き残った者の「罪悪感」

 

 

水島は、戦場で数多くの仲間の死を目の当たりにしました。

そして自らの手で遺体を葬るなか、「自分だけが生きて帰っていいのか?」という問いに取り憑かれていきます。

 

これは精神医療でもよく見られる、生存者の罪悪感(サバイバーズ・ギルト)という反応です。

 

 

日本に帰るということは、かつての「普通の生活」に戻ることを意味します。

でも水島にとって、それはもう現実ではありませんでした。

 

水島は日本に帰れなかったのではなく、帰らないことに意味を見出しました。

 

戦争で壊れた心と向き合いながら、彼は“死者と共にある道”を選ぶことで、自分を保ち、生き直そうとしたのです。

 

 

 

僧侶としての姿は、心の再生のかたち

 

 

水島は僧侶として、亡くなった兵士たちをひとりひとり弔い、竪琴の音色とともに、人々の心に静かな癒しをもたらしていきます。

 

これは逃避ではなく、失われたものを弔い続けるという、強く静かな抵抗だったのではないでしょうか。

 

彼の姿には、「人間は意味を探すことでしか、傷と共に生きられない」という真理がにじんでいます。

 

 

水島は、日本の再生には加わらなかったかもしれません。

けれど、彼の生き方そのものが、戦争の本当の痛みと、それに向き合う意志の象徴となっています。

 

帰還しなかった人。語らなかった人。

私たちが忘れてはならないのは、彼らが背負っていた“見えない心の戦後”です。

 

 

 

最後に響く竪琴の音

 

 

『ビルマの竪琴』の最後に響く竪琴の音は、死者を忘れないという水島の“祈り”そのものです。

 

戦争の記憶が遠ざかっていく今だからこそ、彼のように「忘れずに、生きる」姿勢から、私たちが受け取るべき問いがあるのではないでしょうか。

 

 

※「さよなら丸の内TOEI」より〜🎬

 

 

 

※私の著書、発達障害のいいところを書いています〜