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http://mentalharmony.org/stability20160915

 

ずっと昔から私の心には

❝不安定さ故の安定❞っていう言葉が掲げられている。

 

 

 

10年くらい前、mixiが流行って日記を書いていた時に

ふと自分の中から出てきた言葉。

 

 

 

ちょうど自己確立のモラトリアムのような時期。

すっごい精神的に不安定だったんだよね。

そんな自分にどこか自己嫌悪していたりして。

 

 

 

どっしりと安定感がないといけないって思っていた。

地に足をつけることこそ大切なんだって。

それでも私の心からでた言葉は言ったの。

 

 

 

❝不安定さ故の安定❞って。

 

 

 

意味わからないよね?

不安定であることは私にとっては普通で安定してることなんだって。

なんだこの言葉って思ったけれどいつの間にか私にとっての格言になってた。

 

 

 

永遠に変わらないものってあるんだろうか。

安定というのが例えば変わらない日常や関係を言うのなら

なんだかとても❝味気ないな❞って思ったんだよ。

 

 

 

本当は安定だと信じているものほど崩れやすくて

その時に安定という虚構で覆われた不安定だと思い知る。

 

 

 

その時に心が受ける衝撃ってとんでもないよね。

例えば仲睦まじいパートナーが不倫してた、浮気してたとか

新しく買ったばかりの家が火事で全焼したとか

 

 

 

実はもうこれで安心、

なんていう固定化されている現実は何もないのかも。

 

 

こうやって今私達が見ているものって実は振動してるじゃない。

物質化しているのは揺れているからなんだっていうし。

細胞や分子レベルで振動しているんだもんね。

 

 

 

感情が揺れているのも

物事が揺れているのも

当たり前のことなんだ。

 

 

 

揺れていることを不安定ととるか安定ととるか。

でも自然現象で考えれば不安定であることこそ安定しているってこと。

 

 

 

だからずっとこの現実が続いてほしいっていう現実は今だけ

ずっとこの関係が続いてほしいって関係は今だけ

だから、今を大切にして噛みしめる意味があるの。

 

 

 

心が安定しているっていうのは

常に不安定に心は動いているっていう理解があっての

言葉なのかもしれない。

 

 

 

揺れていることを認めているからくる安定

不安定を認めていることからくる安定

それって体験してみるとわかるんだけどとてつもない安心感がある。

 

 

 

永遠に続くと思っている安定感よりも

不安定を認めた上での安定感は

なにより今という時間を大事にできるよ。