今までのロクでもない人生を振り返ってみる

僕は人に自慢できるような人生を歩んではいないと自覚している。
たくさんの人を傷つけてきたと思うし、ロクに社会の為になるようなことをした覚えもない。

僕という人間は、要領が良く、なんとなくギリギリ人生を渡り歩いてきた感じだ。

もちろん学生時代だけではなく、

社会人になってからも「全然大人になんてなれなくて」今思えばどうしようもない理由で会社を辞めたりもしていた。

そんな僕の人生でも、頑張ったと思えることは3つある。

 

1. 小学6年生まで続けた水泳

2. 20代半ばから友達と始めた会社

3. 前の職場での仕事

 

この頑張った3つについて、少しづつではあるが紹介したいと思う。

体罰の嵐!ブラック過ぎるスイミングスクール

1つ目は小学生まで習っていた水泳だ。
実はこの水泳…大嫌いで仕方なかったのだが、それでも全国大会に出るほど本気で取り組んでいた。
(所謂、選手コースというもので、週6日練習があり夜の6:30〜9:00頃まで練習をしていた。)

 

というのも、当時は今よりも体罰的なことが多々あり、例外なく僕が通っていたスイミングスクールでも体罰が往々にしてなされていた。

そして一際私に対しての体罰がひどかったのだ。


小学生の低学年から高学年にかけての人格が形成される時期に、

僕は「友達のお母さんの前で正座を何十分もさせられる」ように命令されたり、「ビート板で頭を思いっきり叩かれた」り、時には「スイミングスクールの前に植えられていた柳の木のツルで叩かれた」りもした。(皆さんも想像して欲しいのだが、柳のツルで叩かれるとその部分はくっきりとミミズ腫れになる。)

そんな水泳(というよりも、スイミングスクール)が大嫌いで、何度も親には辞めたいと言ったが、親は辞めさせてくれなかった。
それどころか、一所懸命頑張った水泳の試合でさえ、成績が悪ければ、会場から帰宅する帰りの車でなぜか叱られ続けていた。
(はっきり言って全力で取り組んだことに関して、なぜ怒られなければいけないのかが今でも意味不明である。)
 

そんな小学生時代を過ごしたものだから、小学生にしてはかなり問題児だっとと今振り返ればそう思う。

 

例えば、

 

・教室内でボール遊びをし、教室に飾ってある習字をビリビリに破いた

・遊んでいて窓ガラスを割った

・先生に生意気な態度を取り続けた(授業中でさえ、教室内で寝転んで授業を受けていた)

・友達にもひどいことを言ったりもした

 

と、まあひどい有様である。

そんなことをしていたら、いつしか僕の学校での日課は「教頭先生と話をすること」になっていた。

夢をもって始めた会社!大切な友人を失くした会社

社会人になって最初に就職した会社は靴屋さんだった。(比較的大きな会社だった。)
そこでは靴の販売をしながら、靴のデザイン業務も任せてもらえるようになり、どんどん靴の魅力に取り憑かれていった。
 
そこでもっと靴のデザインを本格的にしたい!と思いたち、デザインソフトの勉強を独学でしながら転職活動を始めた。
転職した先では靴やバッグ、ベルトなどの服飾雑貨全般のデザイン業務を任せてもらっていた。
 
そんな生活を過ごす中で、どしても自分の力で靴のブランドを立ち上げてみたいと思うようになり、お金を貯めるために働いていた東京の地から生まれ育った地元に戻ることを決意した。
 
その地元には悪友がたくさんおり、あまり人には言えないような仕事をしながらお金を貯めて、念願の自分で一から作り上げた靴のブランドを作った。
全国に取引先を見つけ、あの渋谷の某ショッピングモールでも取り扱ってもらえるようになったが、市場自体が衰退期に差し掛かったこともあり、志半ばで靴作りから身を引くこととなる。
 
このお金を貯めるまでに取り組んだ仕事は、今でも命を削りながら頑張ったと思えるが、一方で大切な友達の多くを失くしてしまった。
振り返れば結果を求めるあまり、最悪な人間になっていた自分の未熟さが原因なのだが、その当時は「何故、俺だけが頑張っているんだ!」と憤慨していたものだ。(未熟・無知は本当に怖いと今になれば思う)

続きは次回に

正直、次の章はあまり書きたくないのだが、ザックリとだけ書くことにする。
が、次回。
 
今回も乱文で申し訳ないが、こんなブログを最後まで読んでくれた人には心から感謝申し上げる。
ありがとうございました。