結局、家族制度に行きつく。
今の世界の、特に日本の閉塞感は。
家族は、必要ない。
しかし、これは、実はオレの結論ではない。
オレの本当の結論は、「家族は害でしかなく、ないことを義務とすべきもの」だ。
なぜなら、すべての所有欲は、この家族愛とか、さらにはかなり弱いが地域愛とかから来ている。
昔は昔。
今は、というか、これからはこれから、だ。
この、あんまりにも鬱陶しいエゴイズムの源は、家族制度だ。
女がせっかく自由になるってチャンスなのに、却ってダメにしてしまいそうだ。
この、どうしようもない、家族制度での「妻の地位」を以て。
その原因は、個性の尊重を全く認めていないからだ。
しかし、それも物凄くうなずける。
みんな、個性はないからだ。
それどころか、個性など大反対で、教師とか、老人みたいに弾圧する側にあるからだ。
個性のないものにとって、個性の弾圧は当然のことだ。
個性があるものにとって、個性の弾圧は、「自由か死か」だ。
こういう2分化で、学ぶとか学ばないとかになる。
歴史的に、学ぶ側が有利なので、いずれ学ぶ側が学ばない側を家畜化する。
ただ、学ばない側の優勢は、体力だ。
そして、学ぶ側は、まだまだ大丈夫にはならない。
少なくとも、体育があって、そこに柔道とか、水泳とか、器械体操があるうちは。
メシを作れるという基盤こそがすべてだが。
メシを作る、親が不在の男子。
これこそ、ハーレム系アニメの基本だ。
こういうのを、あくまで他世界だと思ってる。
そういうのが、世界のこれからなのに。
小説をまじめに読んでなくて、誰かが言った処世訓だけで文章を扱っている。
そういう感じでは、自分で文章を書く奴には勝てない。
いくら表面上勝っていても、最終的はやられる。
オールドボクサーは、たとえヘビー級でも今の軽い級の現役ボクサーにはかなわないのだ。
メシを作るだけで支配しているようでは、精神的にかなわなくなる。
勉強が、自らは大嫌いな年上さんたち。
そういうのは、自らの怠惰で、証明されるものだ。
(しかし、若い世代は若い世代で、メシすら作れなさそうだ。)
(なら、上の世代の勝ちで、歴史は固定だ。)