明治製菓から「きのこの山」が発売されたのと同じ月に
山梨県の田舎に生を受ける。
子どもの頃は、野山を駆け回って育つ。
自然児です。
三人兄弟の長男として育つ。
小学生のころに、少年野球をはじめる。
高校時代は、野球部の主力選手として活躍。
しかし、ここで人生最初の挫折が待っていた。
高校生2年生の秋、練習中に腰椎にヒビが入る大ケガをして、
歩くこともままならない状態になる。
そして、医師から半年間運動禁止という診断を受けた。
甲子園を目指していた私は、
「あぁ、俺にはもう何もない・・・・」と失望のどん底を味わう。
それから目の前にブラインドが降りたような灰色の絶望的な日々を過ごしていた。
しかし、必死のリハビリと、トレーニングによって怪我を克服し、
なんとか3年生の夏の大会までに復活。
最後の試合にグラウンドに立つことができた。
大学は日本体育大学へ入学。
野球部へ入部し本格的に野球を続ける。
さらに、スポーツ医学、機能解剖学、心理学、
メンタルトレーニング等を学びはじめる。
しかし、ここで人生2度目の挫折が待っている。
どれだけ、練習をしてもレベルの差が埋まらない。
どおしても越えられない実力の壁に直面。
そこで、自分の心と向き合った結果、
子どもの頃から目指していたプロ野球選手になることをを
あきらめる決断をした。
野球には未練はなかった。
でも、それまでアイデンティティーの大部分を形成していた、
野球選手としての自分を失い、
自分の存在意義を見いだせない苦しさと戦っていた。
さらに、その時付き合っていた彼女とも別れ、
精神的にはどん底。
これより下は無いというほど落ち込む。
就職活動も手につかず
そのまま、大学卒業後はフリーターになった。
20代半ばまで、だらだらとフリーターをしていたが、
25歳の時に、「このままではまずい」と一念発起。
人材サービスの会社へ入社。
この会社の社長が心理学を人材育成に活用していて、
実践的な心理学に興味を持ち始めた。
意図したわけではないが、その後も
人材育成や学生の就職の支援等
人の人生をナビゲートするような仕事を経験していく。
20代後半から、神田昌典氏とアストロロジャー來夢さんが作り上げた、
人生の流れを読み解く「春夏秋冬理論」を学び始めた。
30代になると、6年以上実践し続けた春夏秋冬理論で
人生の流れに乗ることを随所で実感。
ただし一方で、
どうしても、コントロールができない部分が、自分の中にあった。
それは、心の問題でした。
これをきっかけに、心の問題を解決するため、
NLPを学びました。しかし、それでも心の問題の解決はできないままでした。
しかし、あることがきっかけで棚田式プロセラピスト養成講座と出会いました。
実際に目の前で、短時間で人が変わったのを目撃して、
直感的に「これだ」と感じました。
なぜこれをやりたかったのかなと、よく考えてみたんです。
すると、幼稚園のお遊戯会で「因幡の白ウサギ」の
主役を演じたのを思いだしました。
主役の大国主の命は、サメに皮をはがされた兎を
癒してあげたセラピストだったのです。
この時体験が、今につながっていたんだと発見。
春夏秋冬理論だけでは補えない心の問題があり、
心理セラピーでは見えない人生周期があって、
この二つを応用することによって、
頑張ってもうまくいかない人生が、
より生きやすくなることを体感。
それから、知人に対して始めたセッションンが好評を得て、
色々なところから紹介を頂けるようになっています。