実は28年目の「受洗記念日」ですf(^_^
マリアは天使に言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」 (ルカ 1:26-38)
日本では、意図的に宗教色を排除した「西洋のお祭り」として受け入れられたクリスマス。
いえいえ、れっきとした宗教行事です。
イエス・キリストの誕生を記念して祝うのがクリスマス。イエスの誕生がいつであったのかという記録はないし、調べようもない。本当はわからないんだけど、「世の光」として来られたイエスの生誕を、太陽の神をたたえる冬至のお祭りにくっつけちゃってから1500年以上たつわけですね。
もっとも、南米やアフリカ、オーストラリア、ニュージーランドあたりに住んでる人からすれば、逆に「夏至のお祭り」となるわけですが。
で、天使からイエスを出産するよと告げられたとき、実はマリアはまだ婚約中でした。当時は婚約中の妊娠も「姦通罪」として、死ぬまで石を投げつけられる石打刑にされてしまう時代。
それを「聖霊によるもの」神の力が働いたのだから心配しないで産みなさいと言われて、素直に受け止めたマリア。ヨセフが受け入れてくれるかどうかですべてが決まってしまう、まさに命懸けの選択であったかもしれません。
マリアを気遣って、最初はこっそり身を引こうとしたヨセフも、天使のお告げによってマリアの妊娠を受け入れます。そこからクリスマスはスタートするわけです。
神の言葉を素直に受け入れた夫婦の間に生まれた神の子イエスは、権威主義や形だけの戒律主義にメスを入れ、徹底的に「社会的弱者」の側に立って神の愛を教えられました。それがユダヤ教の権力者たちの逆鱗に触れて処刑されたのですが、誰もが簡単に神の愛を棄てて自分が偉くなろうとする人間の本質「罪」を負って死に、復活して神を信じる人々に永遠の命に至る希望を与えられました。人は互いに愛し合い、尊重しあって生きるものだという教えはずっと語り継がれ、受け継がれているはずなのですが。。
悲しきかな、一部の国の権力者たちや民の中に、やはり自分や自分を礼賛してくれる者以外の人、とくに弱者を排斥し、軽蔑して叩きのめす人たちが少なくない世の中。そんな世の中に、本当の愛と命と光をもたらすクリスマスであってほしいと願うのです。