スーパーで働いていると、どうしても本来の意味を根こそぎ取られてしまったような「イベント」としてのクリスマスしか目にも耳にも入ってこないのですが。
お金を使うだけがクリスマスではないし、シングルマザーの3割もがクリスマスなんてなければいいとつぶやかざるを得ないって、どう考えてもイエスの思いとは真逆の方向を向いているとしか思えないのです。(そりゃお金に羽が生えて飛んでいくようなイベントクリスマスならたしかにいらんのやけど)
この時期になると思い出す物語のひとつが、O・ヘンリーの有名な小説「賢者の贈り物」。
わたしは中学の英語の教科書でこの物語を知りました。主人公はある貧しい夫婦です。
妻の名前はデラ。夫はジェームス、妻からはジムと呼ばれています。
クリスマスが近づき、お互いにプレゼントを贈りたいと思いました。デラはお金を数えてみます。
1ドル87セント。
何回数えても、もちろんそれ以上増えることはありません。買い物に行くたびに店の人からジロジロ睨まれて、恥ずかしくなるくらいに負けてもらって、コツコツと貯めてきた小銭です。
もう泣くしかないデラ。
しかし、ふと思い立って鏡の前に立つと、彼女は化粧をして身だしなみを整えてある場所へ行きます。
そう、彼女が持っていたのは美しい長い髪。
デラは美容院でその髪を売り、ジムのために祖父から譲り受けたという大切な懐中時計の鎖を買いました。
ところが。
夫ジムは、その妻の髪に似合うだろうと飾り櫛を買い求めていました。懐中時計を質に入れて。
お互いのプレゼントは、使えないものとなってしまいましたが、相手のために自分の持っているいちばん大切なものを投げ出す愛を、互いに受け取ったのです。
いまの日本、そんな美談なんか聞く気にもなれないほど、ギリギリの暮らしを強いられている人たちがたくさんいることを思いながら迎えるクリスマスでありたいなと、毎年のように思うのです。