妻は私と違って不登校の直後から、子供とは以前と変わらないように接しています。
時々このブログを見ているので、妻から直接コメントをもらうことがあるのですが、
昨日は「子供が学校へ行こうとする足を引っ張るくらいでいい」と言うことに関してコメントをもらいました。
「そういえば、私なんて子供が勉強している横でテレビ見ているし、
一緒になって深夜番組にはまっているし・・相当、足を引っ張っているわよね・・」
とこんな感じです。
今後の事に関して、妻は、もし大学に合格して違う場所に行けば、なんとかなるのではないかと言います。
心配なのは落ちた時だと・・
以前と変わらずに接することが出来る妻にはそう思えるのでしょう・・
一方、私はといえば、
「不登校」当初は反射的に拒否されていました。
それは子供が「学校」などに対して反応するのと同じように、
私に対しても反応しているように思えました。
最近は随分と和らいで来て、反射的に拒否されるような事はなくなりましたが、
たぶん、こうしたことは他のものにも当てはまるのではないかと思っています。
「高校」にはまだ拒否反応があると思いますが、
それ以外のものに関しては随分と反応しなくなっているのではないかと思っています。
とはいえ、まだ何かに対して反応することは充分に考えられるでしょうから、
仮に大学に合格したとしても、そう簡単にめでたし、めでたし、にはならないでしょう・・
むしろ、外の刺激との戦いが始まるのではないかと思っています。
時々このブログを見ているので、妻から直接コメントをもらうことがあるのですが、
昨日は「子供が学校へ行こうとする足を引っ張るくらいでいい」と言うことに関してコメントをもらいました。
「そういえば、私なんて子供が勉強している横でテレビ見ているし、
一緒になって深夜番組にはまっているし・・相当、足を引っ張っているわよね・・」
とこんな感じです。
今後の事に関して、妻は、もし大学に合格して違う場所に行けば、なんとかなるのではないかと言います。
心配なのは落ちた時だと・・
以前と変わらずに接することが出来る妻にはそう思えるのでしょう・・
一方、私はといえば、
「不登校」当初は反射的に拒否されていました。
それは子供が「学校」などに対して反応するのと同じように、
私に対しても反応しているように思えました。
最近は随分と和らいで来て、反射的に拒否されるような事はなくなりましたが、
たぶん、こうしたことは他のものにも当てはまるのではないかと思っています。
「高校」にはまだ拒否反応があると思いますが、
それ以外のものに関しては随分と反応しなくなっているのではないかと思っています。
とはいえ、まだ何かに対して反応することは充分に考えられるでしょうから、
仮に大学に合格したとしても、そう簡単にめでたし、めでたし、にはならないでしょう・・
むしろ、外の刺激との戦いが始まるのではないかと思っています。