「堀兼の井」

倭建命一行は、

 

東征を終え常陸国(茨城県)から

 

武蔵国(埼玉県)へと進みました。

 

広々とした台地の中を行くと

 

ひとつの村がありました。

 

のどが渇いた一行は、

 

水を求めましたが、

 

日照りが続き、村人も苦しんでいました。

 

その様子を見た倭建命は、

 

水の出そうな場所を探して、

 

井戸を掘らせることにしました。

 

しかし、せっかく掘った井戸でしたが、

 

水は出ませんでした。

 

そこで、遥かに見える富士山に

 

祈ったところ大雨が降り、

 

一行は、のどの渇きを潤すことができました。

 

それでも、水の乏しい村人のために、

 

掘りかねていた井戸を掘り進め、

 

お祈りをはじめました。

 

するとどうでしょう、

 

たちまち清らかな水が

 

底から湧き出たではありませんか。

 

村人は喜び、感謝しました。

 

そして、ここに浅間様をお祀りしました。

 

これが、現在の狭山市堀兼に鎮座している

 

堀兼神社の縁起となっています。

 

<監修・埼玉県神社庁>

 

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>今、信仰者や全人類は、

 

>人間が堕落することによってこの世上に

 

>肉身をもって生まれるようになったと考えているが、

 

>それは大いなる誤解である。

 

>それを語る者は、

 

>神の人間創造の根本を知り得ていない者にすぎない。

 

>堕落の前にすでに土と水で造成された

 

>肉身があったのである。

 

>人間がエデンの園から追い出されるときに

 

>肉身を受けたと考えているものたちは、

 

>聖書を見ても

 

>見誤った者だということは事実である。

 

 

文鮮明   原理原本より

 

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こんにちは、

 

いつもマイブログを読んでくださる皆さま。

 

ありがとうございます。

 

昨日は善光寺に行ってきました。

 

そして今日は、

 

鬼打ち豆を食べました。

 

 

これは、セブンイレブンで買ってきたものですが、

 

裏にこう書いてありました。

 

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日本最古の御仏を祀る善光寺は

 

日本を代表する霊場であり、

 

法燈連綿として約1,400年の歴史を経て

 

今日に至っています。

 

善光寺はいずれの宗派にも属さず、

 

全ての人の往生極楽の門として、

 

また現世の安穏をお与え下さる

 

大慈悲の如来さまとして、

 

広く深い信仰を得ています。

 

千余年の昔、宇多天皇の頃、

 

鞍馬山にいた鬼が都に乱入しょうとしたのを

 

毘沙門天の示現によって三石三斗の豆を煎って

 

鬼の目をつぶし厄災をのがれたと云われています。

 

立春の前日には節分。

 

春を迎える歓びとともに

 

一年の災いを祓う節分の豆まきは、

 

奥ゆかしい風習であり、

 

用いられる豆は幸福を呼ぶ豆として

 

親しまれています。

 

 

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今日は、うちの愛ちゃんにも

 

鬼打ち豆をあげました。

 

みんな元気に「鬼は外」です。

 

 

 

 

今日も最後まで読んでくださった皆さま。

 

ありがとうございます。

 

新しい一週間の始まりに感謝をこめて。

 

 

2024年2月4日

 

 

ひぐま めぐみ   拝