「天八衢」

 

一方、大国主のお告げを受けた猿田彦は、

 

幾重にも重なる雲をかき分け、

 

雨や風の中を抜けて、

 

長く続く雲の道を幾つも巡りながら、

 

ようやく葦原中国と高天原との中間にある

 

天八衢に着きました。

 

 

 

そこは、

 

周りの雲より一段高い台地のようになっていて、

 

天八衢という名の通り、

 

四方八方の場所と繋がる幾つもの道が交わる辻が、

 

広場のようになっていました。

 

 

 

猿田彦は、早速、荷物を下して、周りを見渡すと、

 

下界の雲の切れ目から葦原中国が見渡せました。

 

 

 

夕暮れも迫っていることから、

 

猿田彦は、

 

担いできた大きな松明を辻の真ん中に据えると、

 

高天原から降りてくる天照大御神の御子や神々が、

 

暗くなっても道を迷わずに天八衢に巡り着けるよう、

 

松明に火をつけて、明々と照らしました。

 

 

 

次に、道案内のためには、

 

決して間違ってはいけないので、

 

たくさんの道の中から、

 

大国主に教えられた高天原に続く道と、

 

筑紫に向かう道を確認しました。

 

 

 

そして、魔除けの面を着け、

 

柊の矛を突き、松明の傍らに立って、

 

様々な道から邪悪な神が近づかないよう、

 

辺りを見張っていました。

 

 

<監修・埼玉県神社庁>

 

 

令和6年(皇紀2684年・西暦2024年)