ジャッジ 裁かれる判事

 

 

 

※ネタバレしてますのでご注意を

 

 

 

The Judge

この映画の原題である。

 

わたしはこの映画を観終わったときふと思った。

 

「このタイトルのジャッジとは、何をジャッジしたのか?」と。

 

タイトルからすると、〔判決〕に関わる事柄のように思える。

この映画に描かれているのは長年判事を務めた主人公の父が、

車で人を轢いたかどうか。それは故意であったのか?

といった法廷ものでもあるだから間違いなくその面もある。

 

しかし、描かれるのはそれだけではない、というより、その一面を

利用して描かれるものの方がこの映画の本質的なテーマであったと、

本作を観終わった人ならば口を揃えて言う筈だ。

 

順を追って考えてみる。

 

主人公ハンク(ロバート・ダウニー・Jr)は20年地元に近寄らず

両親や兄弟ともあっていなかった。

久しぶりに帰省したのは母親の死がきっかけで自発的ではない。

そこには根深い理由があり、案の定、帰省直後から父ジョセフ

(ロバート・デュヴァル)との確執が描かれるのだが、その父親が

事故を起こし人を殺めた罪に問われる。

長年判事を務め人を裁いてきた判事が裁かれる側に置かれてしまう。

そして主人公は大都会シカゴでも常勝するほどのやりての弁護士で

あるから、必然的に父親の弁護をすることになる。

 

しかし問題はこの父親が事故をした前後の記憶が曖昧なこと、

そして彼には判事としての信念に基づく正義があり、一個人として有罪に

なったとしても判事としての自分を尊重したいと思っている。

つまり、有罪も厭わないから自己防衛をしようとしないし協力もしない。

弁護する側としては弁護が難しいというかタチが悪い。

それでも主人公は弁護士として、子として父親を救いたい

一心で奮闘する様が描かれる。

 

わたしはこの主人公が好ましかった。

欠点はあるもののこの主人公が父親を弁護するのは、

正義感でもお金でもなく、父親を刑務所に入れるわけにはゆかない、

そんなことはさせないという姿勢。

立場的にもストーリーの視点的にも主人公に近しいわたしは

共感せずにはいられなかったのだ。

 

そもそも彼らの仲の邪魔をする根深い確執は何なのだろうか?

 

ロバート・ダウニー・Jr

 

この父親が車で轢いて殺めてしまった人物は、父が判事として

過去に判決を言い渡した人物であるのだけれど、二度、裁いている。

一度目は彼を信じ異例といえる軽い刑を言い渡すが、出所後に彼は

罪を犯す。それも殺人という重罪を。

もし自分が(判事として)一度目の罪を公正にジャッジしていれば、

この殺人は防げたのかも知れない。そんな思いを秘めているが、

この犯人に肩入れしてしまったのは、人間的にも年齢的にも近かった

当時の放蕩息子(主人公)とダブってしまい、

「助けてあげたい、この手で抱きしめたげたい」

と情が移ってしまったのだ。もちろんそれは間違いだったが

その後悔が彼を苛み現在にも引き摺っている感がある。

何十年も経っている出来事だが、息子に投影してしまっているのだ。

判事としての自分を自分の中で守るために、息子を遠ざけたのだ。

そう、自分の為に息子を犠牲にしているのだ。

贖罪のつもりなのだろうか?

 

そしてもう一つ。

主人公は次男なのだが長男と三男がいて、長男は今でこそ平凡な人生を

送っているけれど、学生時代はMLBのスカウトが来るほど将来有望な

ベースボールの選手であった。しかし、車の事故で彼はMLBへの夢を

断たれてしまう。もう一つの確執?それはこの事故を起こしたのが

主人公であり、ジョセフはそれを許せない。今度は自分ではなくハンク

を許せないのだ。

 

物語の冒頭ハンクが帰省する飛行機の機内で黒い車が

横転する回想シーン、ハリケーンが接近し家族で地下室にこもった際に観る

黒い車の無残な姿や事故現場、それを見て怒り狂い取り乱す父ジョセフ。

未だにハンクを許すことが出来ないでいるのだ。

 

ハンクもジョセフも意識的にわだかまりの原因に気付いている。

だが起こったことはどうにも出来ない。

父はそれを息子に怒りとして向けることで、その息子は

自分が大学を首席で卒業し敏腕弁護士になることで消化しようとしている。

父親はそれを決して許せないし息子も自分を認めてくれない父親に

歩み寄れない。それが二つ目の確執。

 

だが、裁判を通じて父親の想いや老いやジレンマや後悔を知っていくにつれ、

ハンクは父親に少しづつ歩み寄っていく。寄り添おうとする。

その努力は彼の心情を察するに余りある。

しかしそれすら父親は受け入れることができない。

彼の息子に対するわだかまりは疎遠だった20年の間に、

深く深く根を張り大木と化してしまったのだ。

 

ジョセフは判事として厳格だった。ブラックウェル(息子とダブった人物)

の件があってからは尚更だったであろう。そして若かりし息子もまた、

事故を起こし罪を起こした。本来なら社会奉仕活動で済むハンクの

交通事故の罪を、刑務所への収監へと押し上げたのは何を言おう、

行きすぎた厳格さを持ってしまった父親のジョセフなのだ。

判事としての厳格さがいつしか自分を覆い尽くし、息子へ接する態度にまで

影響し、ついぞ脱ぎすてることが出来なかった。

 

けれどもハンクは父親に認めてもらいたかった、ただ父の愛が欲しかった。

彼は自分が出来うる最大限のパフォーマンスで父の裁判を戦い抜いた。

第二級殺人罪では無罪、故殺で四年の有罪を言い渡される判決シーン。

 

言い渡された父親は後ろを振り向き傍聴席で悲しむ長男と三男にハグをし

優しい言葉をかけている。次は主人公(次男)の番、ハンクは父親に体を

向け自分の番だと待っている。

が、父親はハグはおろか言葉すらかけず目も合わせなかったのだ。

 

裁判の最中ブラックウェルに温情をかけたのは息子とダブったからだと

告白したシーンで、

 

「抱きしめてあげたかった。抱きしめて言葉を掛けてあげたかった」

と言ってたよね?

 

わたしがこのシーンに出演できたなら叫んでやりたい。

 

息子を投影してたのでしょ?抱きしめてあげたかった

のでしょ?悩める息子は今も側にいるのに、なぜ抱きしめてあげないの!?と。

 

彼は父親の後ろ姿を見送り退廷したあと泣いた。嗚咽が聞こえるほど、

相手の検察官が言葉をかけれないほど、泣いていた。

それは父親が収監される、獄中死してしまう、という悲しさよりも、

父は自分にだけはハグしてくれなかった、言葉一つさえ、視線の一つさえ

向けてくれなかったという、ただただ父の子としての悲しみの涙だった。

わたしも一緒に涙してしまった。ハンクが不憫すぎて感情が移入せずに

いられなかった。

 

弁護士

 

この父親のこの行動は何だったのだろう?

過去に何かあったから、確執やわだかまりがあったから、ではもう

説明できない。少なくとも私には父親の行動や心情は理解できなかったし、

このシーンをみて理解したいとも思えなくなった。

ただ一つ思うことは、自分が信じた者に裏切られた事、

もう裏切られたくないから信じることができない。

だから、投影してしまっている息子を信じることができない

のかも知れない。もしそうだったとしてもそれは父親として

あるべき姿ではないのだけれど。

 

そしてハンクが本当に求めていたのは認めてもらいたいのではなく、

父親からの愛が欲しかったことも、あの涙で痛いほど伝わった。

 

ハンクは父が収監されてからも父のために動いた。

シカゴの高層ビルにある裁判所のトイレで相手の弁護士に

「こちらの女証人に甘かったな」と言葉を掛けられる。

冒頭の同じシチュエーションのシーンでは相手弁護士をコケに

していたのとは真逆のシーンだ。

 

そう、彼はとぼけたような言葉を返すが、女証人に甘かったのは、

故意なのだ。憶測でしかないけれど父親の裁判を担当したディッカム

と裏で取引したのだ。父の裁判で泣きじゃくるハンクをみるディッカムの

眼差しは、冷たいものではなくハンクの涙が本物であったと知った眼差し。

いくつかの裁判で検察が起訴した事件に対して弁護の手を緩めれば、

恩赦を与える、というような取引。

その証拠に父はたった7ヶ月で出所することになる。

ディッカムの署名入りの恩赦状のおかげで。

 

The Judge

 

出所した父親とハンクが湖でボートに2人で乗り対話する牧歌的

なシーン。とても穏やかで心地が良さそう。父はハンクに言う。

 

「今までで出会った中で最高の弁護士はオマエだ」と。

 

ハンクは泣きそうになる。

しかしもう一言、父はいう。

 

「グレン(長男)は、きっと成功してたはずだ」と。

 

それがボートで息をひきとることになる、この父親の最後の言葉。

弁護士としての息子を認め温かい言葉を掛けるも、本当に求めていた

ものは最後まで、、、

ジョセフに抱きしめてあげて欲しかった。

何十もの優しい言葉よりも、一度のハグ。

父親の生きた温もりを通して愛情を感じさせてあげたかった。

 

少しだけ救いがあったのは夢を断たれた長男が最後にハンク呼び止め

何か言いかけるシーン。ハンクはそれを遮りハグをする。ハンクはわかって

いたのだろう。兄はおそらく「もう気にしてない」と言葉をかけようとした

ことを。本当は父にして欲しかった事。彼は少し救われた、と思いたい。

 

彼はこの後父が長年座っていた判事の椅子をくるくると回し眺める。

その回転する椅子が止まったのはハンクに腰をかけるよう促すかのような

位置。

彼はこれから故郷に戻りこの椅子に座り、父の姿を求め続けるだろう。

 

そして、

 

これは誰の為のジャッジだったのだろう?

わたしにはわからない。

ハンクもわからないだろう。

このジャッジはハンクがこれからもずっと探し続ける為のジャッジ。

例えジャッジが下されなかったとしてもそれを求め続ける為の。

 

ハンクの肩を持ったわたしは、作品の公平なジャッジは出来なかった。