私は、あまり夫婦別姓とか、夫婦同姓とか、特に気にしてはいません。日本の女性が何故、最近、強く夫婦別姓を訴え始めたのか?
良く分からないのです。
フランスは完全な夫婦別姓です。しかし、パーティーに呼ばれた夫婦モノに、別々の苗字で呼びかけるなんて事は、(余程の有名人でもない限り)あり得ません。戸籍上、別姓であっても、はっきり言って、不合理。大抵、夫の名前に揃えていますよ。
子供の名前も、ヒイ爺さん、爺さんの代から親に続く名前をつけて、延々と長い名前の人もいる。でも、所詮、そんな名前は使えません。どれかに決めるわけですよ。
それくらい、どーでも良い事。寧ろ、夫婦別姓のフランスは、今の日本と社会生活上は何〜にも変わらない。
但し、一人の人間の証明方法は違います。あらゆる書類の氏名の欄には最低3箇所記入欄があります。
⑴ 生まれた時の姓 ⑵ 通常使っている姓 ⑶ 名前
男でも女でも、生家の姓がその人の一生の姓だと考えられてる訳です。これが、夫婦別姓の基本です。
しかし、社会生活上使用する姓は、夫・妻なんでも良いのです。(それでも、周りの家庭では夫の姓に右へ習いしていますね)
銀行のカードも、通常使っている姓で皆作っています。
その間、別れたり、くっついたりする相手の変更の際は、その都度、使用する姓を、変えても、変えなくても良い、と言う事。
結婚によって変わる姓は(浮世の姓)とも言えるものです。
ですから、身分証明書・税務署・警察・健康保険・車、パスポート、、、関係は、戸籍と直結ですから生家の姓が主で、浮世の姓は補助。
基本、日常の夫婦の扱いは、日本と全く変わりありません。
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それでは、何故、日本の女性が夫婦別姓を望むのか?考えてみました。
仮にですよ、ある女性が一人っ子で、彼女が実家の名前を継がないと、その「お家」が断絶してしまう!という大層なお家柄であるとします。そして、その一人っ子の娘さんが、それ程、「お家柄」に拘り、別姓を希望するなら、それは、正に「家単位の家長制度を守りたい!」と言うことになります。つまり、夫婦別姓は「お家」を守る為!ということになる訳です。
それって、明治政府が敷いた(1898年)「家制度」=家父長制を後生大事に守りつつ、その父親の立場に、女もなりたい!と言う変な構図になりませんか?ご存知の通り、この家父長制って、完全な男尊女卑です。それで、今の日本の女性は、それなら、女でも、家父長制の長に、自分がなれる様にしてくれ!と言っている訳です。
しかし、実態は、こうでしょう。
「お家を守りたいが故に、婿養子をとりたいけど、婿養子になる男性が居ない。だから別姓にしてくれれば、選り取り見取りだ!」
もし、これが、実態なんだとしたら、、、なんと、馬鹿馬鹿しい!短絡的な考えでしょう!情けなくなる!そんな事の為に!!と思います。
結局のところ、日本は根本的に家制度から抜け出していない、と言うことなんでしょうか?
それがメインの理由なら、日本の男女は、単に家長の取り合いをしていると言うことですね。お家第一、自分は二の次、、、
これが、原因なら、日本って、結局、基本は明治、明治が国の土台だと思っているんだなぁとがっかりです。
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確かに、日本の夫婦同姓では、主に女だけが、結婚したり、離婚したり、再婚したり、、、する度に、苗字を変えなければならない。
それは面倒だよね、、、と思いますよ。
でも、結婚はさておき、離婚しても、その名前を法的に保持する事はできます。だから、戸籍上、離婚しても、いちいち名前を変える必要はありません。離婚時の姓で、自分一人の戸籍を持てば良いのです。でも、巷には、離婚して実家に帰り、何も考えずに旧姓とやらに戻る人が殆どです。何故でしょう?
そして、再婚する場合は、また旧姓から新たな夫の姓に変える。どうせコロコロ変わるなら、いちいち旧姓に戻す必要も、義務もないのに、、、判を押した様に戻る!
今の夫婦同姓は、日本の男女・社会の「結婚観」と関係が深いと思います。
社会人になると、日本では、新しく入ってきた社員が、男であれ、女であれ、既婚者か?未婚者か?を気にする傾向がありますよね。女性同士でもこう言う「同類探し」から会話が成り立つ。
適齢期!と言って、会社の周りの人、家族から、追い立てられ、「自分は結婚できないのに、何であんな娘が!」と同胞の未婚の友を逆恨みしたり、古株の女性社員を「だから、嫁に行けない」と陰口を交わす。自分で自分の首を絞めている様なものです。
結婚による姓の変更。今、夫の姓を名乗るケースは 96% あるんだそうですよ。この数字を如何読むかです。
国連なんかは、この数字を、女性が強制されて夫の姓にさせられている、と読みます。
私は、断じてそうは読みません。
「日本の女性の多くは、夫の姓になることを良しとしている」
と読みます。寧ろ、それが結婚の証であり、スティタスであると思っている節もある。
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フランスでは、結婚したら、離婚する、離婚したらまた結婚する、、、人間の愛情なんて当てにならないから、、、その人の証明は、何があろうと、「生まれた時の姓」で確定しましょう、、、と決めた。「浮世の姓」も認めますが、飽くまで浮世だよ。
日本では、結婚が社会を構成する「基礎」であり、人間の価値はそれで成り立つ。だから、男も女も結婚しないと半人前とか言われる。結婚が、それだけ重要な社会の基礎なんだから、壊しちゃいけない、つまり、離婚は悪い事、と言う概念が強い。男性は女性を養って当たり前、女性も養われて当たり前、と思ってきた、、、が、
少しつづ情勢が変わってきた様で、女性も社会に出る様になった、、、そしたら、日本の女性は、何故か、男に成り代わろうとする。「俺が俺が」の社会が、今度は、「私が私が」、、、になる。
家長制度に苦しめられた女性が、今度は自分が家を守る!と言うのは、果たして正しい方向に向いているのでしょうか?
そんなことより、「結婚」と言う制度に対する「妄想」を、もっと掘り下げて、変えてゆく方が先じゃない?と私は思います。
フランスの夫婦別姓は、結婚制度の崩壊したフランス社会にはピッタリ合った制度です。これは、元々、結婚制度が、宗教上の制度であったという歴史とも関係しています。(詳細は略)
日本は、未だに、人生において、男も女も結婚が重要なステップと考えられている社会です。フランスでは、そんなもの、誰も価値を置きません。
その、結婚制度に日本の女性が抱く妄想こそが、
女性の大きな問題点です。
社会の見る目を変えたいなら、女性自身が、それを先ず変えるべきです。結婚制度の崩壊を、日本の女性は望んでいるのでしょうか?
形だけ、海外の女性優遇体制を真似しようとしても、一旦、これを通したら、優遇には重い責任と義務が生じます。安易な真似は必ず、将来、歪みを生みます。今の様な状態で別姓を進めたら、結婚制度は必ず崩壊します。結婚そのものの価値がなくなると言う事です。それに必要な国政や、多くの女性が簡単について行けるとは思えません。下手をすると、もっと女性に厳しい社会になる可能性もあります。
私は、自分の名前に拘る、と言う気持ちが分からないので、こんな考えになるのかもしれませんが、如何なんでしょう?
外国が夫婦別姓だから、それに乗じて、、、と言う、実におバカな女性も、こう言う運動の中には大勢いるのではないか?と思いますね。
結婚制度に関しては、いつか又、あらためて記事にしたいと思っています。
お読みいただきありがとうございます。