同じ世界に皆がいると思いながら、生活している。
接している人に対しては、特にそう思うが、実は違うかもしれないのだ。

JINというドラマの最後で、階層の話しがあったが、あれって真実かもね。

いつかの講座でも、この世は、階層に分かれていると言っていた。

例えば、いつもAMラジオを聞いていたら、AMラジオの世界。FMなら、それよりちょっと優雅な世界…みたいな感じ。

趣味や好みで片付けがちだが、住む世界が違うって言葉があるように、実は、階層に分かれている。

携帯電話の電源切っていたら、メール来ていても受信出来ないから、内容はもちろん、メールが来ているかも分からない。

つまり自分が望む世界、階層にいる。

人からの情報で知ったんだが、さっき地震があったらしい。その影響で電車が遅れてるって。私が住む場所では、震度3だったみたい。

自分磨きに精を出していた私は、全く感じなかった。

同じ世界にいるようで違うって、こんな感じかも。

友達でも、繋がるかどうか、連絡がすぐに取り合えるかどうかって、その時に意識の階層が合っているか否かって感じがする。

私は、どんどん上を目指していく!流れのまま下に行くより、その方が楽しいから。

なるべく毎日書こうと思っていたのに、一週間もサボってしまった!

自分がやるべき事をやるより、人をどうにかしようとあがいていたのかもしれない…。

お陰で、やる気がダウンする原因を見つけた。

自分より人の間違いにばかり目がいき、それを考えたりしていると、自分が疲れます。意識していなくても。

私も人を批判してるって気が付かずにやっていたりします。

そして、自分に手をかける事を怠ると気分が沈みがちになる。

周りを観察したら、分かるけど、自分に金と時間をかけている人と逆の人だと、後者に疲れた人が多い。

自分には、沢山の時間や金をかける価値がある。自分と向き合う事で無意識にそんなインプットが出来るのかも。
今までの人生の中で、少なからずイラっと来た事が、誰しもあると思う。

怒りは、怒りになる前の感情が、実はあるのです。

怒りは大抵、初めの感情を素直に感じたくなくて、怒りによる強い刺激で誤魔化してしまうのです。

自分を否定されたと感じた時に、怒りに変わりやすいのですが、素直に否定されたと感じたくない理由が存在します。

例えば、自分より低く見下している相手から存在を否定されたと感じた時。

まず、自分が人を見下している事も感じたくないし、バカにしている人から、存在を認められたいと思っていた自分も認めたくない。

つまり、自分の駄目さを認めたくない。自分がバカにしていた人より、実は自分の方がバカだった…と。

怒りによる強い刺激で無かった事にしたくなる。

一例でしたが、怒りを研究すると色々と観えて、面白いです。