若くして起業、会社を立ち上げた人、飲食店の社長、営業でバリバリ稼ぐ人。。

 

 

わたしもそうなりたくて、憧れと悔しさを抱えて必死に勉強した。泣きながら、吐きそうになりながら、苦手なことにチャレンジした。

 

 

営業できなきゃ、これからの時代は生き残れない!と何度も自分を奮い立たせた。

 

 

でも、どれだけ努力しても、同じことをしようとしても、わたしはうまくいかなかった。

 

 

『わたし出来ない子なんだ。。』

 

 

 

学生時代、真面目にコツコツ生きてきたわたしにとって、社会人生活は挫折の連続だった。

 

 

落ち込み、傷つき、自分は価値のない人間だと思い、生きていくのさえ嫌になった。

 

 

自信が欲しかった。
自分は価値のある人間だと言い聞かせた。

 

 

でも、そんなのなにも変わらなかった。

変われたのは、必死に『なにかになろう』としている自分を手放してからだった。

 

 

素の自分が得意で、何時間でも没頭していられることと、誰かのお役に立つことが一致した瞬間から、

 

 

 

『あなたのことを探していたの!』
『その力を必要としてたの!』

 

 

 

と指名されるようになった。
そこには営業も売り込みもなかった。

 

 

必要としてくれる人に届くように、メッセージを発信した。直接会ったら名刺を渡した。

 

 

ただそれだけだった。

 

 

ポジショニングひとつで、こんなにも世界が変わるのか、と驚いた。

 

 

わたし以外にもいるんじゃないだろうか?

 

 

前線で脚光を浴びるより、裏方で緻密な計算や段取り、戦略を立てて実行する方が得意で、そんな自分がかっこよくて好きだっていう人。

 

 

会社では圧倒的に前線が求められるから、仕事ができる優秀なあなたはそこに立たされてるかも知れないけれど、もし苦しいなら、それはあなたが出来ない子なわけじゃない。

 

 

あなたに合ってないポジションにいるだけ。

 

 

もし、本来自分が得意なことで人の役に立って、生き生きとした自分を取り戻したいなら、DealActionに参加することをおすすめします。

 

 

わたしが必要とされたように、あなたの力を必要としている人たちがそこにはいるから。

 

 

そして、そんなあなたが才能を発揮して活躍できる道を用意して待っているから。

 

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才能開花【プロマネージャー】への道①からの続き

 

2014年1月。

わたしは2社目の会社へ就職しました。

 

 

DM発送の会社で、宛名のデータ処理という完全事務職に転職しました。

 

 

個人情報の関係から、インターネットに接続できない外部から隔離された部屋で、ほぼ1日中パソコンに向かっての作業。

 

 

部署の5名以外とは関わることも少なく(部署の先輩方ともほとんど話さなかった;)会社に出勤しているのに、引きこもりのような生活をしていました。

 

 

が、これがわたしには居心地がよかったのです。

 

 

誰ともコミュニケーションを取ることなく、ひたすらデータ処理をする日々。いかに早く、効率よく、正確に処理ができるか、これが課題でした。

 

 

ただ、わたしが入社したころは、まだ処理のルールや方法が明確でなく、固定でない案件は、処理をする人間によってクオリティが異なる、ということがありました。

 

 

また、特定の案件は、〇〇さんしかわからない、というものもあり、処理が終わらず残業。代わりがいなくて休みが取れない。それが常習でした。

 

 

そんな状況を打破すべく

「誰がやっても同じ結果になる」

という仕組みづくりが必要でした。

 

 

そこでまず、処理手順やルールの明確化、受領データ形式の統一などを営業部と行いました。

 

 

そしてそれを元にマニュアルを作成し、情報を統一するためのミーティングを設けました。

 

 

そんな入社から1年経つ頃、わたしは現在所属しているCOME ALIVEの代表である鈴木と出会います。

 

 

そこでは統計心理学や人間のタイプを教わり、どのようにチームを動かしていくのかを学びました。

 

 

ちょうど入社時の先輩方が転職や出産で退職し、新しい後輩たちが入ってくるタイミングでした。

 

 

作成したマニュアルを元に、タイプに合わせて指導したことで、1ヶ月かからずに即戦力となり、全体の処理時間も大幅に減りました。

 

 

それまでは、どんなにがんばっても20時退社、22時越えは当たり前のような環境でしたが、18時定時で週2日+有給をきちんと消化できる職場環境に改善されました。

 

 

「無駄を省く」「効率化」「仕組み化」

という最もわたしがエネルギーを注げる分野で活躍でき、転職からの1年で、0から100万円以上貯めました。

 

 

本来の力を発揮していた瞬間でした。

 

 

ですがこの後に、人生最大のドン底がわたしを待ち受けていました。

 

 

→続きを読む「才能開花【プロマネージャー】への道③」

 

わたしは現在、セミナー講師の「めんどくさい」を引き受けます、というキャッチコピーでお仕事をしてます。

 

 

今でこそ、

 

セミナーを開けば毎回20人以上集まる人気セミナー講師の方

 

述べ2000人以上の生徒を持つ教室コンサルタントの方

 

今乗りに乗っている協会ビジネスのトップの方などから

 

「ぜひ、お願い!」とお仕事をいただき、順調に収益を上げています。

 

 

では、最初からわたしの人生やビジネスがうまくいっていたのかというと、全くそんなことはありません。

 

 

転機は今年の5月。

たった半年前です。

 

 

もっというと3ヶ月ほどで、わたしは現在の道を確立し、安定した収入を得られるようになりました。

 

 

それまでのわたしは、実に苦しく、借金返済に追われるみじめな生活をしていました。。。

 

 

 

 

2010年春。

大学卒業後、わたしは地元神戸を離れて、横浜のベンチャー企業へ就職します。

 

 

高校生の頃から地域活性化の研究をしていたわたしは、WEBによる集客や売上アップの方法を身につけるため、WEB制作の営業とディレクションを担当しました。

 

 

たった4人の部署でしたが、当時の上司から徹底的にWEB集客を叩き込まれ、10社以上のコンサルを引き受けていました。

 

 

ロングテールSEO対策、リスティング広告、プレスリリース、DM、チラシ、データ分析。。。

 

 

あらゆる手法を使って、お客様企業の売上アップに貢献してきました。

 

 

ただ、このとき最も苦しんだのは「新規営業」でした。

 

 

わたしの上司は、ウェルスダイナミクスでいうとダイナモ、ブレイズの周波数で、「直感」と「人付き合い」重視でした。

 

 

わたしとは真逆(「数字」重視)です。

 

 

しかし、当時のわたしにはそんな知識はなかったので、「成功している上司が絶対」「上司を真似してできるようにならなければいけない」と奮闘しました。

 

 

「数字」を読むことが本来強い自分を封じ、ひたすら「お客様」から気に入っていただけるよう愛想よく振舞っていました。

 

 

当然うまくいくわけがなく、無理をしすぎたわたしは、心も体もボロボロになりました。

 

 

入社から3年目を迎えたある日。

左半身の麻痺で動けなくなりました。

相当のストレスがかかっていたのだと思います。

その頃は何度も死のうと思いました。

 

 

ですが、自分の成果を出さずに終えるのが嫌で、上司が会社から独立後、やり方を変えました。

 

 

完全反響営業に切り替え、問い合わせがあった案件に対して、徹底的に数字で改善案を提案していきました。

 

 

結果、ひとつの大学病院から声がかかり、そのサイトを皮切りに紹介、紹介で拡大。

 

 

業界トップクラスの重機のレンタル会社や多店舗展開している介護福祉施設、全国チェーンのお店などからも受注いただくようになりました。

 

 

しかし、体が限界を迎えた3年目の12月。

わたしは、1度目の転職をしました。

 

→続きを読む「才能開花【プロマネージャー】への道②