こんにちは
memrera(メムレラ)です
以前、
コマーシャルか何かで
同じ1日を過ごした2人の人が、
夜、家に帰って
「あぁ、疲れた」と
玄関に倒れ込む人と
「あぁ、疲れた」と
笑顔でセルフケアしている人とで、
対比的に描かれるのを見た時に、
私は何気なく、
「あぁ、疲れた」と
笑顔で言える人になりたいなと
想った時のことを
昨日、お料理中に
ふと、思い出しました(笑)。
その映像を思い出したら、
数年前の自分を思い出しました。。
そういえば、
それから私は、
例えば、
セルフケアをしっかりしたり、
元気の素の食事を見直したり、
体力をつけるストレッチをしたりと、
「あぁ、疲れた」と
笑顔で言える自分になるために
いろいろ思うことをはじめたっけ。
でも、
どれもなんだか違う。
どれもかえって疲れる(笑)。
違うのはどこかなぁ
と思いながら過ごしていた時、
疲れているのは、
身体ではなく、こころだったのに、
外側からのことばかりに
明け暮れていることに気がついて。
あぁ、そうか。
身体じゃなくてこころだ。
でも、
こころがなんだか疲れているのは、
どうしてなんだろう?
そんなこころの視点から、
自分の生活を見つめ直してみると、
そのころの私は、
仕事や趣味、ボランティアなどで、
外で人と会うことがとても多く、
いろいろな人たちと
いろいろなお話をしていました。
その時、
その場所や会う人に合わせて、
キャラクター変更している
自分に気がつきました。
その仲間の中での私
その職場での私
実家での私
家族の中での私・・・
いつの間にか作られていた
キャラクターで、
期待されている役割を
演じていたから疲れていました。
そこに、
私の「本当のこころ」は
ほとんど存在できずにいました。
そのことに気づいた時、
とても自分に驚いたことと、
それじゃぁ疲れるに決まっていると
ちょっと笑ったことを思い出しました。
あぁ、私は、
まずはここから変えていこうと
一大決心をしたんだったなぁ。
そんな自分を思い出しました。
それからは、
今まであまり、
自分の気持ちを言わなかった私が、
少しずつ言えるようになるまでのこと、
口に出して言うようになったら、
相手からもいろいろ出てくるので、
それを受けて痛かったりして、
「言わなきゃよかった」
なんて、思ったりして。
でももう、
自分のこころを表現し始めると
引っ込めておくことはできないから、
どうやったら伝わるかな
っていう試行錯誤がはじまり、
その伝え方ひとつで、
また、自分を見つめて・・・・
今に至るんですね。
その試行錯誤の経験は、
自分を知るためのもので、
今ではそのことがあってくれたから、
以前よりも、
私という人間を
理解できているように感じます。
自分のこころを感じて、
行動してみたから、
誰のせいにもしないで、
自分と向き合うことで、
自分を知ることができました。
例えば、
ここを変えよう!
こうなっていこう!
という気持ちは、
最初が一番強くて熱いけど、
時間の経過とともに、
弱くなって冷めていくこと。
例えば、
うまく一歩目が出せても、
出した一歩で痛いことがあると、
すぐに引っ込むところ。
いろんな自分を知って、
その自分と向き合って、
手を取り合って、
励まし合って進むことで、
いろんな人とも
向き合って、
手を取り合って、
励まし合って進むことが、
できるようになりました。
野菜を煮込んでいる時に、
ふと思い出した過去の映像。
そこから引き出された記憶と
私自身のこころの変化。
今思い出したということは、
今もう一度、必要なことかなと
感じています。
いつだって、
一歩踏み出す時は勇気がいる。
歩いている最中は、いろいろある。
でも、
いつだって。
「そのことがあってくれたから」
と、
どの出会いも
どの経験も私を成長させてくれる
愛でしかなかったと思えるから。
成長への変化を
勇気をもって踏み出していける自分で
在りたいと思います。

