みなさん こんばんは
memrera(メムレラ)です
*memrera(メムレラ)がブログを始めたきっかけは
先日
スーパーでお買い物を済ませて
お会計をしようと
2台並んでいるお会計専用の
機械に進んだところ
私のとなりの
若い男性が無言で立ち尽くしていました
なんとなく
その男性の機械画面を見ると
「クレジットカードの読み取りエラーです」
そんな言葉が画面に表示されていました
エラーで
係の人を待っているんだな
そんなことを思いながら
自分のお会計をしていると
若い男性が
ものすごくイライラした様子で
画面のボタンをたたき始めました
でも
画面は次に展開することなく
同じ表示が続きます
そうか
この機械自体がフリーズしちゃったんだな
そしてこの男性は今
ものすごくイライラしてるんだな
そう思っていたら
女性の店員さんが来て
「大変申し訳ありません
機械自体がエラーになってしまったので
恐れ入りますがもう一度
レジからやり直していただけませんか?」
そう説明すると
若い男性はものすごい勢いで怒り始めました
「そんなのいやだよ!
なんでこんなことになってんだよ
なんで自分がもう1回
そんなことしなくちゃならないんだよ
やだよ!」
「大変申し訳ありません」
店員さんはそう言って
違う手続きの確認に行きました
私はそこで
家に向かったのですが
帰る道すがら
家に帰ってからも
その場面を見た自分のこころを
感じていました
それは
言いようのない苦しさとつらさでした
怒っている男性からも
謝罪して対応している店員さんからも
「こんなはずじゃないのに」
「なんでこんなことばっかり」
「自分が何をしたって言うの?」
「どうして自分がこんな目にあうの?」
そんな
泣きたくなるような
苦しくてつらい感覚でした
「出てきてくれてありがとう」
「今までごめんね」
「今までつらかったね」
「さみしい思いをさせてたね」
「ごめんね ありがとうね」
浮かんでくる感情を
抱きしめるようにしました
少し時間をかけて
ゆっくりと
その感覚を感じました
なぜかうまくいかないことや
どうしてこんなことに?という
現実を前にすると
途方にくれたり
苦しくて怒りたくなるけれど
そこで感情に流されて
怒ってしまって
何かや誰かにぶつけてしまうと
そのあともっと落ち込むから
そうではなくて
以前
姫乃宮先生は
怒りについてこんなお話をしていました
「怒り」は、蓋のようなもの。
大事なものを覆う
カバーのようなもの。
怒りというカバーではなく、
その奥、その下に隠れている気持ちこそ
本当の気持ちなんですよ、と。
姫乃宮先生の記事はこちら~
だから
この怒りの奥にある
その気持ちはなんだろうか?
そう思うや否や
不覚にも涙があふれてきました
「愛されたい 愛したい」
ただただ
その思いでした
私の中にある
苦しいほどにまだ
こんな思いがあったんだな
私はもっともっと
愛されたいと
愛したいと思っているんだな
もっと
もっと
そう気づいてしまうと
私の中に
ホッとするような安心感が広がりました
あぁ 本当に気づけてよかった
ありがとうございます
ありがとうございます
あの場面に出会えたことで
私のこころがまた一つ
あたたい愛に戻ることができました
あの若い男性の方も
お幸せでありますように
あの女性の店員さんも
お幸せでありますように
こころから
手を合わせてお祈りしました
スーパーで見かけた
一場面からの
気づきと学びを体験しました
目の前の現実は
自分の内面の映し
こころが動いた時は
大切に受けとめていこうと思っています
