いま現在、話し、書いている言語はすべて父祖から受け継いだものである
土井晩翠 イーリアスを訳し終えたあとの跋文
此『イーリアス』訳の完成に当りて今更乍らいにしへ、北欧のイグドラジル樹の譬喩を思ふ。万有成立の生命樹イグドラジル、過去、現在、未来を兼ね、己に成れるもの、今成るもの、後に成るものの一切である。為すといふ動詞の無窮変化である。今日のわが述ぶる言語、書く文章は、原人が初めて言葉を発した以来の一切の人に負ふ。厳密に曰つて、われのものと称すべきは一もあることがない。襟を正してしばしの瞑目の後我に返りて此跋文を結ぶ。
此『イーリアス』訳の完成に当りて今更乍らいにしへ、北欧のイグドラジル樹の譬喩を思ふ。万有成立の生命樹イグドラジル、過去、現在、未来を兼ね、己に成れるもの、今成るもの、後に成るものの一切である。為すといふ動詞の無窮変化である。今日のわが述ぶる言語、書く文章は、原人が初めて言葉を発した以来の一切の人に負ふ。厳密に曰つて、われのものと称すべきは一もあることがない。襟を正してしばしの瞑目の後我に返りて此跋文を結ぶ。