昭和二十七年「祖国」三月号 保田 與重郎 | 忘れないようにメモメモ(日本の歴史、近代史)

昭和二十七年「祖国」三月号 保田 與重郎

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正月三日、池田大蔵大臣と朝日新聞論説主幹の笠信太郎といふ人とが「今年の国民生活」対談をしてゐますがその中に日米の共力といふことについて次のような大臣の言葉がありました。(原文のまゝ)
「池田 これは日本としてどうしてもやらなきゃいかんし、アメリカも考えて呉れております。今は外資導入にしても、株式投資するのはいゝが入れたら最後、金輪際出せないようになつとるから投資する人がない。これは出入自由ということにする必要がある。昨年アメリカへいつた時にアメリカは日本を見ろ、東洋を見ろ、西洋ばかり見たつてダメだ、ということを、僕ははつきりいつた。朝鮮事変が起こつたりして、だいぶん東洋を見るようになりましたけれども、アメリカ人をしてもつと東洋を見さすようにしたい。世界平和のため東南アジアの開発が必要だということを、はつきり認識してもらわなけりやならない。講和が出来たのは、とにかく日本人は健康だ、美人だということが分かつたわけだ。これをたゞ友達ということじやなくて、恋人だという所へ持つていきたい。(笑)それには健康だけでなく身なりも綺麗にして、向うから手を出してくれるような恰好にしなれりやいかん。ぜいたくな生活をしている人間が金を借りにいつたつて、貸してくれる人はない。生活をまじめに、よく働いている、これなら貸しても損はない、と思わせなけりやダメなんだ。国際経済も同じだと思うね。」
国の暮らしが少しよくなつたからといつて、このやうな情けないことを云ふ大臣は、どこの国にあるものでせうか。しかもその言葉をうけて笑ふとはこれも言語道断です。新聞に出てゐる両人の笑ひ顔は、この時を写したやうに思へて、汚い感じがしました。それは人格と愛情と倫理が辱められてゐるからです。
国民経済をパンパン化するやうな云ひ方は、独立国の大臣の言葉でありません。パンパンといふいやしい職業によって、可愛さうな女たちが、多くの外資を獲得してゐるさうですが、そのパンパンの原因となつた不幸な境涯によつて、その職業を認めることも、女性と人権を侮辱するものです。パンパンの原因は社会政策だけでは救へません。今や国民の純潔運動も必要です。愛情をパンパン化することと、国民経済をパンパン化することは同じ物の考え方です。どちらも自由とか独立とか、又は人権といふものを自らふみにじることです。国民経済の道徳化を国民が守ることが、独立国民の務めであることを覚悟すべきであります。愛情を経済の下に立たせる時には、すでにヒユマニズムは瓦解し、即ち民主主義の基礎は崩れたものと云はねばなりません。まづ女性と愛情の軽侮、独立と人間の放棄、これがこのときの「笑」をものの考え方から見た帰決です。ゆゑにものの考え方から云うて、笑へる所でないのです。とつさの実用にならないやうなものの考え方よりも、日常不断の心掛に、男らしい立派な節度と志をもつことが、人間には必要なことです。
大蔵大臣は、親として(政府のことらしい)占領下の国の世帯の苦しさを(子としての)国民にしらせるのが心苦しかつたので、今までは黙つていたと始めに云うてゐますが、その後で、パンパンになれといふやうな云ひ方は、全く時代離れのした講談の、わが娘を女郎にうる場面のやうでをかしい──しかし絶対に笑つてすませぬところです。講談でも笑ひながら娘を売るやうな不倫な話はつくつてありません。
男子はつゝしみがなくてはいけません。それには平素のヒユマニテイが肝心です。全日本の女性の愛情を辱めて、平気で笑つてゐるなどといふのは、紳士でありません。この大蔵大臣は、「貧乏人は麦を食へ」といつたと云ふので、新聞記者から不評を買ひましたが、我々はさういふ言葉をきいても腹は立ちません。百姓は先祖代々麦を食つているのです。しかし、パンパンになれは、腹の立つかはりに、恥しくなさけないのです。我々はさういふ話題を平気でする人間の心情の低さを下劣として許したくないのです。戦前の日本人はさういふものを許さなかつたのです。
昭和二十七年「祖国」三月号 保田 與重郎
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※ パンパン wikiより
パンパンは、1945年以降の占領統治下、主に在日米軍将兵を相手にした街中の私娼(街娼)を指す言葉。「パンパン・ガール」「パン助」「洋パン」ともいう。一般的には蔑称であると考えられている(日本人相手の日本人売春婦はこう呼ばれなかった)。

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保田與重郎の文章にある「パンパン」がwikiの意味通りかはちょっとわからない。売春婦全体を言っている気はする。
「女性と人権を侮辱するもの」というところにグッとくる。
たとえばキャバクラが普通の仕事みたいに扱われる(よくあるでしょ、大変な仕事なんだよみたいなドラマとか漫画とか)ことは異常なことだと思う。大学生がバイト感覚でやってたりするのは…