閉ざされた言語空間より(1
日本占領下のGHQが行った検閲
日本がアメリカに負けた後、約七年間、日本はGHQ占領下にありました。そして日本中の新聞、雑誌、書籍、ラジオ、個人の手紙等を検閲したのです。
プランゲ文庫というものがあるそうです。占領中に検閲を受けた資料が収められていて、その数は、書籍と小冊子四万五千点、雑誌一万三千種、新聞一万一千種。
アメリカが日本で行った検閲の目的は、日本が今後アメリカに楯突くことができないようにすること。武力的にも、精神的にも。ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)の大枠はそういうことだ。日本人に贖罪意識を植え付け、精神的に屈服させ、武力を持つことを躊躇させる。アメリカ、戦勝国側に有利になるように嘘も混ぜ込んで。
引用(閉ざされた言語空間 江藤淳 P237)ーー
~昭和二十一年十一月末には、すでに次のような検閲指針がまとめられていたことが、米国立公文書館分室所在の資料によってあきらかである。
削除または掲載発行禁止の対象となるもの
(一)SCAP──連合国最高司令官(司令部)に対する批判
連合国最高司令官に対するいかなる一般的批判、および以下に特定されていない連合国最高司令官(司令部)指揮下のいかなる部署に対する批判もこの範疇に属する
(二)極東軍事裁判に対する一切の一般的批判、または軍事裁判に関係のある人物もしくは事項に関する特定の批判がこれに相当する。
(三)SCAPが憲法を起草したことに対する批判
日本の新憲法起草に当たってSCAPがが果たした役割についての一切の言及、あるいは憲法起草に当たってSCAPが果たした役割に対する一切の批判。
(四)検閲制度への批判
出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する直接間接の言及がこれに相当する。
(五)合衆国に対する批判
合衆国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(六)ロシアに対する批判
ソ連邦に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(七)英国に対する批判
英国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(八)朝鮮人に対する批判
朝鮮人に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(九)中国に対する批判
中国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(一〇)他の連合国に対する批判
他の連合国に対する直接間接の一切の批判がこれに相当する。
(一一)連合国一般に対する批判
国を特定せず、連合国一般に対して行われた批判がこれに相当する。
(一二)満州における日本人取り扱いについての批判
満州における日本人取り扱いについて特に言及したものがこれに相当する。これらはソ連および中国に対する批判の項には含めない
(一三)連合国の戦前の政策に対する批判
一国あるいは複数の連合国の戦前の政策に対して行われた一切の批判がこれに相当する。これに相当する批判は、特定の国に対する批判の項目には含まれない。
(一四)第三次世界大戦への言及
第三次世界大戦の問題に関する文章について行われた削除は、特定の国に対する批判の項目ではなく、この項目で扱う。
(一五)ソ連対西側諸国の「冷戦」に対する言及
西側諸国とソ連との間に存在する状況についての論評がこれに相当する。ソ連および特定の西側諸国に対する批判の項目には含めない。
(一六)戦争擁護の宣伝
日本の戦争遂行および戦争中における行為を擁護する直接間接の一切の宣伝がこれに相当する。
(一七)神国日本の宣伝
日本国を神聖視し、天皇の神格性を主張する直接間接の宣伝がこれに相当する。
(一八)軍国主義の宣伝
「戦争擁護」宣伝に含まれない、厳密な意味での軍国主義の一切の宣伝をいう。
(一九)ナショナリズムの宣伝
厳密な意味での国家主義の一切の宣伝がこれに相当する。ただし、戦争擁護、神国日本その他の宣伝はこれに含めない。
(二〇)大東亜共栄圏の宣伝
大東亜共栄圏に関する宣伝のみこれに相当し、軍国主義、国家主義、神国日本、その他の宣伝はこれに含めない。
(二一)その他の宣伝
以上特記した以外のあらゆる宣伝がこれに相当する。
(二二)戦争犯罪人の正当化および擁護
戦争犯罪人の一切の正当化および擁護がこれに相当する。ただし軍国主義の批判はこれに含めない。
(二三)占領軍兵士と日本女性との交渉
厳密な意味で日本女性との交渉を取扱うストーリーがこれに相当する。合衆国批判には含めない。
(二四)闇市の状況
闇市の状況についての言及がこれに相当する。したがって特定の国に対する。
(二五)占領軍軍隊に対する批判
占領軍軍隊に対する批判がこれに相当する。したがって特定の国に対する批判には含めない。
(二六)飢餓の誇張
日本における飢餓を誇張した記事がこれに相当する。
(二七)暴力と不穏の行動の扇動
この種の記事がこれに相当する。
(二八)虚偽の報道
明白な虚偽の報道がこれに相当する。
(二九)SCAPまたは地方軍政部に対する不適切な言及
(三〇)解禁されていない報道の公表
一見して明らかなように、ここで意図されているのが、古来日本人の心にはぐくまれてきた伝統的な価値の体系の、徹底的な組み替えであることはいうまでもない。
こうして日本人の周囲に張り巡らされた新しいタブーの網の目のうちで、非検閲者と検閲者が接触する場所はただ一箇所、第四項に定められた検閲とその秘匿を通じてである。検閲を受け、それを秘匿するという行為を重ねているうちに、非検閲者は次第にこの網の目にからみとられ、自ら新しいタブーを受容し、「邪悪」な日本の「共同体」を成立させてきた伝統的な価値体系を破壊すべき「新たな危険の源泉」に変質させられていく。
この自己破壊による新しいタブーの自己増殖という相互作用は、戦後日本の言語空間のなかで、おそらく依然として現在もなおつづけられているのである。
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