ゆうばり映画祭復活へ!!
ゆうばり映画祭復活へ 市民がNPO立ち上げ
北海道夕張市の財政破綻(はたん)で中止になった「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」が
市民の手で復活する見通しとなった。
財政再建計画で市職員を半減することが強いられるなど暗い話題続きの夕張市で久しぶりの
明るいニュース。
来年夏の新生映画祭は少し小ぶりになるが、市民たちは張り切って準備を始めた。
市民有志が20日、映画祭を運営するNPO(特定非営利活動)法人「ゆうばりファンタ」を設立した。
7月末に市主催の映画祭が経費削減で中止になったため、「映画祭復活こそが夕張再生の象徴」として
取り組んできた。
事業費をこれまでの3分の1の3000万円前後に縮小、企業・団体から協賛金を集める。
11月20日(月)は「世界子どもの日」
11月20日(月)の「世界子どもの日」に、マクドナルド南青山店にて、募金呼びかけなどの
チャリティーイベントが行われ、タレントの眞鍋かをりが参加した。
この活動は病気と闘う子どもたちとその家族のための宿泊施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス」を
支援するために始められた活動で、今年は総額約1億6千400万円の募金が集まっている。
ドナルド・マクドナルド・ハウスの親善大使“ドナルド"と共に登場した眞鍋は、この日訪れたお客様に
募金を呼びかけその後募金贈呈式を行った。
この日恵比寿でもチャリーティー活動をしてきたという眞鍋は
「恥ずかしながら、今日、こういう活動をやっていると知りました。難病で闘う子どもと、支える親のために、とても影響力のある活動だと思います。何ができるかわからないけれど、色んな所でお役に立てれば嬉しい」と
訴えた。
ドナルドは「眞鍋さんは強力な助っ人です。1人でも多くの人に知ってもらって、支援の輪が広まれば嬉しい」と今後のチャリティーへの展開に期待した。
ネイルクイーン2006
倖田來未、深キョン、アッ子ら“ネイルクイーン"に決定!
今年で11回目を迎える『ネイルクイーン2006 受賞式』が11月20日
都内で行われ歌手の和田アキ子、倖田來未、女優の深田恭子ら
6人が受賞した。
各界の“光り輝くスーパースター"に贈られる同賞。
「この世界に入った時から、受賞したかった!」と語り、喜びを
爆発させていた倖田は、撮影やライブごとに毎回オリジナルの
ネイルを楽しんでいることを明かした。
また、“いばらの森のお姫様"をテーマにピンクのバラと蔦を使った
特製ネイルで登場した深田恭子。
衣装も薄いピンクのドレスと彼女らしい優しいムードを醸し出しながら
「演技、衣装など自分が“表現"しているなかで、こうして賞を頂けて嬉しいです!」とニッコリ。
会見では、倖田と和田にトークを任せるなど、そのおっとりした雰囲気で報道陣を癒していた。
(↑の写真は拡大表示します)
さらに、倖田との衣装で“紅白"を見事に表現した和田アキ子。
授賞式のために、例年の紅白歌合戦の時に着用する衣装並みの高価な赤ドレス姿で登場すると
「今回は、全身レッドで“情熱"を表現しました。この年で受賞できるなんて本当に名誉なこと!ネイルは若者だけのものではなく、私たちの年代でも楽しめるという部分をこれからアピールしていきたいですね!」と笑顔で語っていた。
なお、そのほか2年連続での受賞となったベッキーをはじめ、“チョイワルブーム"の立役者、
パンツェッタ・ジローラモ、“氷上の女神"として活躍しているフィギュア・スケートの村主章枝
(海外での大会出場のため欠席)も選出された。
沖縄県知事選挙
自公推薦の仲井真氏が初当選
米海兵隊普天間飛行場の移設問題の行方を左右する沖縄県知事選は、19日投開票され
新人の前沖縄電力会長、仲井真弘多氏(67)(無=自民・公明推薦)が、前参院議員の
糸数慶子氏(59)(無=民主・共産・社民・国民・日本推薦)らを破って初当選した。
仲井真氏は、政府の移設案には修正を前提に柔軟に対応する姿勢を示しており、政府は知事選の
結果が移設進展につながることを期待している。
初当選した仲井真氏は「経済振興を期待されての勝利だと思う。稲嶺県政を継承する。
普天間飛行場移設については3年以内に危険を除去することを約束する。
沿岸案は認められず、政府と協議して解決策を探っていきたい」と述べた。
東京国際女子マラソン
土佐礼子・初優勝!!高橋尚子は3位・・・
東京国際女子マラソン(19日、国立競技場発着)一騎打ちに勝った!
アテネ五輪女子マラソン5位の土佐礼子(30)(三井住友海上)が
シドニー五輪金メダリスト高橋尚子(34)(ファイテン)を破り、2時間26分15秒で初優勝。
来夏の世界選手権(大阪)の代表入りを確実とした。
日本人選手として9年ぶりに高橋を破った土佐が
世界選手権でもV、いっきに08年北京五輪へ突き進み
メダル獲得で集大成を飾る。
世界選手権代表の内定基準タイムには16秒及ばなかったが
寒さと風に見舞われた気象条件を踏まえれば代表入りは確実。
97年の初マラソンを除いて、日本人選手に負けなしだった
高橋を倒した30歳に満面の笑みが広がった。
レース前から宣言していた先行逃げ切りの作戦が的中。






