いよいよだ。
今日は手術前日だ。
入院事の説明で言われていたあの日が来た。
手術の次に大きな使命がある。
全身の除毛の日がついに今日来たのだ。
昨日あたりから気になっていた。
一体どんなシチュエーションで行われるのか。
自分で出来ることは自身の体を清潔にしておくことくらいか。
どんな方が作業してくれるのか全く分からないが、失礼のないように体は清潔を心がけた。
朝、いつものように看護士さんが来られ検温等のチェックを済ませ、今日のやる事を話された。
今日は言ってたように全身の除毛をします、と。
こちらも伺う。
なんか準備しておく事はありますか?
いいえ、特にないですよ。予定の時間になったら看護士が来ますので、とだけ告げられる。
短いやりとりを終え、またやる事が無い時間ができた。
やる事がないとはいえ、出来ることはやろう。
自身のチェックくらいはできる。
頭から足の爪の先までチェックし、少しずつ時間を意義のあものに消費していった。
とはいえ、明日はこの時間は手術の直前で、主治医から手術の最後の説明を受ける時間だ。
時というのは無情にも人の感情や都合を全く無視している。
永遠にずーっと、ずーーっと一定で刻まれ、勝手に進行していく。
いや、人間が勝手に時間軸をつくり、勝手に乗っかっている。
時間に翻弄され、ながされ、支配されている。
と、ここまで来ても往生際が悪い。
でも今日のこの往生際の悪さは明日の手術だけのせいではない。
今日の除毛だ。
自分でやった事がなければ、全くの他人にやってもらうのだ。
こんな状況が人生で訪れるとは想像もしていなかった。
看護士さんなら恐らく女性であろう。
若いのかベテランなのか。
一体どんな会話をする事になるのか。
色々想像しながら時を待つ。
コンコンとドアをノックする音が。
ほぼ予定時間だ。
来られたのは女性の看護士さんで、30代くらいと思われる。
ちょっとぽっちゃりされた方で可愛らしい感じの物静かな方だ。
思っていたよりは道具類は軽装でバリカンとコロコロローラーくらいだ。
淡々と準備も何もなさそうだが、本当に簡単にスタート出来る様子だ。
あまりにも短い時間で、こちらが心配というか何をすればいいか分からず、
どうしたらいいですか?
あ、脱いでもらって横になってください、と。
ベッドにそのまま横になるのかと少し驚いた。
自分の予想とは少々違っていた。
自分が想像していたのはこうだ。
カミソリやシートを敷いて行うものと思っていた。
そうか、カミソリだと危険か、万が一、出血でもしたら大変んか。
それにバリカンで毛をそのままベッド上に落とし、コロコロで取り除く方法か。
なるほど、それは早くて簡単で安全だ。
自分はすぐに合点がいき、また尋ねる。
もう全部脱ぐんですか?
はい、お願いします。と、とても業務的に返答された。
ここに来て恥ずかしいなんて事は出さないように心がけた。
いい年齢のおっさんが今更シャイなところを見せても、その方が恥ずかしい。
どうせ明日は何人もの手術スタッフの方に見られるのだ。
その心の準備はできていた。
はい、脱ぎまーす、と言いスッポンポンの全裸になってベッドに横になった。
こんなにも潔く全裸になれるこの状況は貴重だ。
これをクリアしないと手術に臨めないし。
横になり、早速除毛が始まった。
看護士さんの指示のもと、上向きで脇から段々下に行くそうだ。
そう、バンザイした状態だ。
真剣な表情をされているであろう看護士さんの顔がすぐ近くにある。
とても冗談や楽しく会話をしながらの作業とはいかないようだ。
自分は脇に老化でできたイボがある。
恐らくこれはバリカンで切り落としてしまうのではと、看護士さんに報告する。
しかし、しばらくして、あっ、と看護士さん。
その瞬間少しの痛みがあり、イボを切り落とした事を悟った。
あぁいいですよ、と気にしないよう、そのまま作業を続けてもらった。
脇の次は、アレだ。
既に全裸になっているが、気恥ずかしさがピークに達するとおもいきや、むしろ爽快な気持ちだ。
アレが反応したらどうしよう、そんな思いとは全く無縁で、アレは大人しいままだ。
このようなシチュエーションでは、こんなもんなんだと安心した。
それにやはり看護士さんもプロである。バリカンを持つ右手だけを使い刈っていく。
バリカンは離す事なく左手は一切使わない。
つまりアレを一切触れずにバリカンだけでアレの向きを変え刈っていく。
さずがだ。
こちらが勝手に気負ってしまい感心したくらいだ。
それに病院内には暴言、暴力、セクハラ行為には断固として対処いたします、と張り紙や、入院案内にも示されている。
こちらがどういう意図でもスタッフの方にどう受け止められるか全く不明だ。
ここは冗談も何も言わない方が安全かと思い、ほぼ会話無しで、なんとも言えないような時間を過ごした。
部位ごとにシーツ上に落ちた毛をコロコロコロローラーで取り除き、また刈っていく。
なんとも手際が良い。
特に会話らしい会話もする事なく、淡々と時が流れた。
体の向きや体勢を指示されるまま変え、1時間もかかる事なく終了した。
こんな不思議な時間を終え、看護士さんが片付けを済ませスマートに部屋を去って行った。
終わった。
また自分一人の部屋になり、当然自身の体を見返す。
スッキリした体に心も軽くなったような感じだ。
こんなにキレイになるものなのかと、ちょっとやみつきになりそうな予感がした。
若者は全身脱毛をする人が増えていたり、有名人でも聞いた事がある。
なるほど、これは気持ちいいもんだな、と。
でも生えてきたら、しばらくチクチクするのかと思うと刈るのはどうかな。
永久脱毛ならいいかもな。
そんな事を考えながら非日常の大イベントを振り返り、今後の想像をした。
このスッキリした体で入院生活を過ごす。
本当に気持ちまで軽い。
シャワーもとてもスムーズで清潔を保てる気がした。
人生であるかないかの経験をさせてもらった。
でも本番は明日だ。
本当にいよいよである。
夕方になり、また夕日見ながら物思いに耽る。
手術前の最後の食事だ。
酢の朝は絶食だ。
いつもの食事に見えたが、よく見るとメッセージカードが添えられていた。
明日の手術がんばってください、と。
グッと来た。
形式とはいえ、患者に寄り添ってくれているようで、こちらもそれに応えたいと思える。
心温まる出来事に前向きにさせてくれる。
思わずこちらもお礼のメッセージを書いて食器を返却した。
ゆっくりとした夜の時間にふと思う。
明日の手術で何か重大な事が起きてしまったら、と。
妻や息子達に死について何も伝えていない。
大丈夫でしょう、と主治医からは聞いているが、数々のリスクを見聞きすると、何も感じずにはいられない。
死というものにこれほど真剣に向き合ったのは初めてだ。
せめて最後の言葉でも伝えられるようにメッセージを残そうと。
用意していた小さめのスケッチブックに妻、長男、次男にそれぞれ思うままに書いた。
何も大した事はしてやれなかったが、出来る範囲で自分が思うようにさせてくれた。
妻には自分の子どもを産み育ててくれたことへの感謝でいっぱいだ。
子どもたちも自分を親にしてくれた事への感謝でいっぱいだ。
これまでたくさんの思い出を一緒につくれたことへの感謝でいっぱいだ。
とにかく、こんな自分に家族でいてくれたことへの感謝でいっぱいだ。
入院する朝、次男が玄関でハグしてくれた。
涙が溢れた。
無事に帰ってきたいな、それだけだ。
これまでの思い出が総集編のように流れていった。
入院前には山ほどある家族写真を見て振り返った。
みんな可愛かったなぁ。
今も可愛い。
年齢は重ねたが、これからもたくさん思い出をつくっていきたい。
そんな事を考えていたら長男から電話が。
進学で家を出ている長男が、手術前日ということで電話してくれたのだ。
年末年始の休みに帰省した時に、病気や手術の詳細を話し、ハグして息子を見送ったっけ。
学生生活で忙しく楽しくやっているだろうに、よく覚えていてくれた。
ありがとうな、と。
妻にも大きな大きな感謝でいっぱいだ。
ここまで自分を導いてくれ励ましてくれた。
手術についても随分と泣き言を言ってはきいてくれた。
一人だったらとても乗り越える事はできないだろう。
いや、病院にもかかってないだろう。
そんな事を思いながら手術前夜に最後になるかもしれない電話をした。
コロナが無ければ時間の許す限り病院に来てくれたであろう。
今夜は弱音を吐かないよう、心配かけないよう普通に楽しく会話した。
今日の除毛の話をしながら。