スタッフの方に支えてもらいツリーも持ってもらいながら歩けるようになり2日目。

前日より確実に進歩しているのが実感できた。

両足の感覚に力強さがある。

間違いなく前進している。

歩ける自分に嬉しくて笑みがこぼれた。

歩く練習をしていると昨日から異常な目の感覚がある事に確信した。

ベッド上では大きく意識しなかっためまいのような感覚だ。

それは言葉にすれば立ち上がって動くとグワングワンする。

とてもまともな見え方ではない。

とても不快で歩いていても歩く事に集中できない。

ただこの時は術後の何らかの影響が残っているのだろうと思うようにした。

でも、このめまいがずっと自分を悩ませる事になる。

 

食事がとれるようになり便意も前日に続き今日もあった。

看護士さんに尋ねてみた。

独りでトイレに行ってもいいですか?

もう歩ける感じを出しながら許可をもらうように聞いてみると、

いいですよ、場所分かりますか?と言ってもらいトイレに案内された。

何かあったらこれを引っ張って呼んでくださいね、と意外とあっさりOKが出た。

ラッキーだった。

自分はポータブルトイレを使用したのが1回だけで済んだ。

何とか自力でトイレを済ませたい。

ICUを自分の汚物の匂いで充満させる事はどうにか避けたい一心だった。

看護士さんに恥ずかしいし迷惑をかけたくない気持ちでいっぱいだった。

本当にラッキーで、今日から心置きなくトイレに行ける。

ただし、これは昼間の話だ。

夜中は自分でトイレに行く事は禁じられていた。

まだまだ脚がおぼつかない中、管も繋がっていて点滴が24時間入っている。

歩くには繋がれた管や点滴をツリーで転がし一緒に移動しなければならない。

とても煩わしく面倒だ。

何よりまだまだ独りでは移動はおぼつかない。

 

そんな中、寝ているとまだ続く肩甲骨の痛みで目が覚め、それ以苦痛で眠れない。

数時間もの間、上体を起こしたり倒したり。

痛い、とても痛い。

妻が迎えに来てくれる事を今だに信じていた。

それほどまでに入院生活の苦しみが辛かった。

どうしても眠れず、胸全体の痛みと肩甲骨の痛みが合わさり、この病院から逃げ出したい気持ちが強くなってきた。

管を外し勝手にトイレに行き、そのまま外へ出てタクシーで家に帰ろう。

何度も何度も数時間考えていた。

これは3日くらい前から毎晩考えていた。

それほど苦痛だったのだ。

これを思いとどめささたのは、ほんの少しの理性だろう。

こんな考えをするのは、まだまだ手術にともなう痛みと脳梗塞のショックから来るものであるだろう。

ある種、せん妄かもしれない。

外は真冬だ。

こんな格好で外に出れば命に関わるだろう。

そんな事も冷静に考えれない状態であった。

同じ思考の夜が続いた。

今思い返せばこの頃か、昼と夜の区別がつくようになったのは。

スタッフの出入りも違う。

 

苦痛も幾分和らいだある日、自分の頭がヒドイ事になっている事に気づいた。

髪がギトギトでとても恥ずかしい。

匂いもあるだろう。

指を通そうとしても、とても通らない。

今日の担当の若い看護士さんに自分の髪がどうなっているか尋ねてみた。

自分ではどうにも出来ないが何とかしてもらえないか懇願するようなきもちだった。

頭にハチミツぶっかけたみたいになってませんか?

その看護士さんは優しく笑い、うーん、そうですねぇ、と気を遣いながら答えてくれた。

じゃ夕方前にもし時間があったら洗髪しましょう、と言ってくれた。

とても明るく華奢な看護士さんは次の業務で去っていった。

自分はもちろん毎日洗髪する。

中年の頭は脂でできているかのように1日洗わないと大変な事になる。

それが5、6日にもんなると、とても見れたもんじゃない。

しかもこれを他人に洗ってもらうとは。

とても申し訳ない気持ちで待った。

本当にあの看護士さんは来てくれるのだろうか。

期待半分、諦め半分な気持ちで待った。

でも本当に来てくれた。

〇〇さん、髪を洗いましょう、と明るく部屋を出してくれrた。

大きな洗面台に連れて行ってもらい椅子に座り前屈み身になるよう促してくれた。

ちょっと忙しくて洗髪出来るかなぁって思ってたんですけど、何とか時間ができました。と言いながら準備にとりかかってくれた。

洗面台に面した窓から入る強い夕日が冬の早い日没で定時に近い時間を知らせてくれた。

1日忙しくつかれているだろうに、こんなおっさんのギトギト頭を洗髪なんて申し訳なさすぎる。

でもギトギト過ぎて、とても1回の洗髪では脂は落ちない。

すみません、もう1回洗ってもらっていいですか?

ワガママを言ってみたが、その看護士さんはまた気持ち良く快諾してくれた。

とても、とても気持ちのいい、これまでで一番最高の洗髪だった。

髪も乾かしてくれ、何度も何度もお礼を言って気持ちを伝えた。

正に天使のような看護士さんだった。

この洗髪してくれた看護さんは、その後会う事はなく、改めてお礼を伝える事は出来なかった。

それもそうだが自分は脳梗塞の影響でやはり目が正しく見えていない。

この看護士さんの顔もはっきり見えていない。

こんなにも近くでお世話になったにも関わらずに、だ。

目がちゃんと見えない。

こうして何日振りかの洗髪を終える事ができた。