ここ1ヶ月くらい診察が重なっている。
この数週間は、4週毎のめまいの病院に、半年毎の循環器の病院、この度は半年毎の眼科、数日後には循環器のクリニックの4つだ。
自分がこんなに病院通いになるとは思いもしなかった。
若い時自分はおじいさんになっても病院にはかからないと思えるほど健康だと思っていた。
医療費は総額いくらになるのだろう。
他国のように医療費は全額自己負担だったらどうなっているのだろう。
日本の医療制度の仕組みが良し悪しは置いといて、取り敢えず自分の場合は現状で済んでいる。
結果、過剰な診察、処方も耳にするが、救われている人は多いだろう。
自分の事を振り返ると、やや過剰だったと思える部分はある。
退院後、180日経過してもリハビリ通院させてもらった。
薬もどっさりと出してもらっている。
自分も症状を訴えるし、医師からすれば必要だから出しているのだろうが、過剰なのか、適正なのか、もはや自分では判らない。
この度の眼科は治療ではない。
脳梗塞の退院後から診てもらっているが、眼の異常はない。
その事は解ってはいたが、その時はすがるような思いで1年以上前ここの眼科にかかった。
案の定、これは眼ではないですね、うちは眼科なんで、と診察での医師。
この医師は院長の息子さんらしく、次の診察からは院長に替わり、じゃ次は半年後にしましょう、となった。
眼に異常はみられないものの、診察は今回で3回目になる。
このまま半年毎が続くのかな。
その気が無いのなら自分から診察に行かなければいいだけだが、いつしかご丁寧に言われるまま通院するようになってしまった。
ここの診察は毎回視野検査をしてもらえる事が通院する気になる理由になっているような気がする。
しかし、いくら検査を重ねても視野を司る脳の損傷は治るわけではないのだが。
多くの人が患う、今後訪れるであろう白内障に備えての定期検査にもなると思うしかない。
この日の検査も前回同様で、視野検査を2種類の機器で受ける。
小さな光の点が位置を変えながら光り、見えたらボタンを押すというもので、視点は中心のしるしから動かさない事が重要だ。
光が見えなかったエリアが視野欠損のある場所といことだ。
暗室で行うその検査は集中力の持続が求められる。
検査の後半に差し掛かる頃には眼の疲れが訪れ、見えていない光が見えてくる、ような気がする。
これは毎回同じだ。
脳神経外科内科で受けた最初の検査からそれは変わらない。
瞬きと点灯のタイミングが一致してしまえば点灯を見逃してしまうことになるので、できる限り瞬きしないように頑張ると、今度は目が乾いてしまう。
そして余計に瞬きをしたくなる。
この悪循環の検査を20分くらい×2種行うのだ。
今回も検査の後半にスタッフに指摘された。
今光ってないですよ、と。
視野検査の機器は点が光ると同時にビープ音が鳴り、光を見つけるタイミングを支援してくれる。
が、あるタイミングでビープ音だけが鳴り点灯しないパターンもあり、これに自分はまんまと引っかかってしまい、ついボタンを押してしまうのだ。
これをやっていると正確な結果は得られない。
検査が終わり診察室の前で順番を待つ。
入り口に掛けられている院長の写真。
随分と若くてしっかりした感じで、とても偉い雰囲気の写りだ。
名前を呼ばれ診察室に入ると院長はモニタを食い入るように観ていた。
挨拶を交わしてもモニタに見入っている。
前回もそうだったか、何か問題があるのかと思えるほどの食い入り様だ。
前回と変わらないですね、特に大きな問題はないです、と院長。
何か問題があるのかと思っていたので、少し安心して素朴な質問をしてみた。
特に仕事をしていて以前より目が見えにくくなったというか視力が落ちたように感じるんですが、と尋ねてみた。
それについて院長は、眼の中にフワフワしたものが出来て光がきれいに通らないからで珍しくはない、のだと言う。
治療を必要とするようなものではないからか、ごく簡単な説明で診察を終えた。
院長は話をすると変わり、気難しい感じはなく、話し易い印象だ。
話し方も気さくな感じで近寄り難さはない。
今回も異常無しという事だった。
次回も半年後の診察を告げられ、今回の診察を終えた。