妻が先日気になる事を言った。
以前からクルマを運転して稀に見えなくてハッとする事がある、と。
何が見えなくなるのかというと、対向車のウインカーとか少し遠くのバイクや自転車、歩行者とか。
自分は脳梗塞の後遺症を持ってから、見えないとか、めまい、麻痺等のワードにとても敏感になっている。
この度の妻が言う、見えないというのが不注意なのか、自分のように視野欠損のようなものなのか凄く気になった。

自分は1年半前の退院後、PCで視野欠損が確認出来る簡単な図を作成した。
それをモニタに表示し、自分で視野欠損の場所を大まかに体験、確認出来るものだ。
原理は眼科にある検査機と同じ考え方で、検査機のように結果を客観視するものは出せないが、自身の見えない場所は把握出来る。

作成した図は、画面いっぱいに表示出来るドキュメント上に全体を黒にして、そこに適当な等間隔で細い白い線を縦横に入れる。
将棋や囲碁、オセロのような盤みたいなものだ。
その中心に出来るだけ目立つ色の小さめの丸を作成する。
自分の場合は明るめの赤色にした。
黄色やオレンジでもいいと思う。
とにかく目立つ色が良い。
これで完成だ。

試しにやってみた。
この作成した図を画面いっぱいに表示する。
モニタはそこそこ大きめが良いと思われる。
ちなみに自分のモニタは27インチの4Kだ。
いや、自分のじゃない、次男のものだ。
次男のPCと自分のMacで共用しているが、すっかり次男のものだ。
マウスのポインタを赤丸のある中心に持ってくる。
自分の体、顔をモニタの正面にして、視点を中心の赤丸に固定させる。
そこから自分でマウスをゆっくり移動させ、ポインタを動かしてみる。
この時、重要なのが視点を動かさない事だ。
視点を動かしてポインタを追ってはいけない。
そして視野欠損があれば、ポインタが見えなくなる場所がある。
見える見えないという表現は少しざっくりしている。
自分的には認識出来なくなる、というのが正しい気がする。
以前にもここに書いたが、例えば文字で言えば、ほとんどのシーンで視点を動かして文字を追うはずだ。
視点を動かさずに文字を読む事は非常に難しい。
要するに見えてはいるが、読めるかどうかで言えば、視点を動かして文字を追わなければ読めないはずだ。
ここで自分が言う、認識出来ない、という事が起きるのだ。

自分と見る対象物の距離も見え方に非常に大きく影響する。
それは実際の視野とテレビ画面も同じようなもので、人の顔を大きく映すと一部だけ欠けて、目や表情だったりは読み取る事が出来る。
でも遠くの人を映した場合、顔全体が見えなくなるという事になってしまい、誰かも分からなかったりするのだ。
中心付近、つまり視点近くの欠損は実に厄介だ。
読み取りたいところが認識しにくくなるので、正しく正確に認識するには視点は非常に重要という事だ。
もし視点を全く動かさない、もしくは視点が意思のないような動きをする人が居たら違和感を覚えるだろう。
このあたりは人間そっくりの精巧なロボットを見ても、よく分かるだろう。

一方、人は視点を外してしても、視野の中で見える事象に敏感に反応する事が出来る。
視野の中で見えていれば、だ。
その一瞬でも見えれば顔にぶつかりそうなボールも目を閉じる反応が出来たりする。
しかし、その欠損の場所にボールがすっぽり入ってしまえば、全く反応出来ない。
視野欠損にはそんな事が起きるのだ。
なので自分は好きだったキャッチボールはもう出来ない。
正面から来る、つまり早いボールは見えないはずだ。
遅いボールは山なりに、早いボールは正面からほぼ点で近づくからだ。
自分の場合、ほぼ中心付近にある欠損と、中心から左下4分の1が欠損エリアなので無理なのだ。
この中心付近というのが正確には少しだけ右上に位置し、手元やPCの文字は読めるので、それはラッキーだった。
しかし、横並びの文章は視点を置いた文字の両隣の文字が見えにくいので、スラスラとは読む事が出来ない。
その為、自分は好きだった字幕映画が観れなくなった。

妻の話に戻そう。
妻に簡易視野検査をやってみた。
やはり思った通り、ある場所でポインタが見えなくなるという。
何度やっても同じ場所だ。
でも幸いな事に中心付近からは外れている。
欠損の場所をしっかり把握して運転しようと助言した。
視野欠損がどの場所にあるのかという認識はとても重要だ。
欠損は何が原因なのか。