テーブルでのトーク時間が後半を迎える頃、病棟の看護師だという女性が同じテーブルに居た。
その看護師さんは私服で、看護師と言われなければ自分は全く思い出せなかった。
看護師と言われても自分はすぐには思い出せず、しばらくして、あっ、と思い出した。
入院中、病室で学生時代吹奏楽か何かで楽器をされていた話をした記憶がる。
物静かな雰囲気で、少しだけ怖い方なのかなという印象を持っていた。
自分は思い出せたが、この看護師さんはどうだろう、と思いながらすぐには話を振らなかった。
会話の流れが、今じゃない、と思えたからだ。
でも言いたい、話したい、思い出してもらいたい。
そしてトーク中、入院時の話になり、チャンス到来の予感がした。
その看護師さんから何となく話を振られ、自分の覚えている事を話した。
更に、病室でリハビリと称してドラムスティックを振ってましたよね、と自分から打ち明けた。
するとその看護師さんは、いつもは何にも動じない変化の少ない表情をしておられるが、この時は、あぁっ、と目を大きくして自分を指差しながら驚き、思い出したっ、どこかで見た覚えがあると思っていたのよ、と言いながら思い出してくれた。
その看護師さんは自分の左2人目の席だった。
自分のすぐ左には外来担当の作業療法士さんから紹介された女性の元患者さんだ。
この2人の女性はとても気さくに話していて、長く友人同士のように仲が良さそうだ。
会場全体がざめく中、いつしか会話の声量も大きくなっていた。
そして、あっという間の1時間の患者会は終了した。
短過ぎる。
30人も集まり、1時間なんて全然時間が足りない。
外来担当の作業療法士さんからは、ちょっと短かったですけど一旦ここで区切るんですが、帰られてもいいですし、このまま残ってもらって1時間くらいはこのまま話をしてもらってもいいです、と皆に伝えられた。
見ていると、すぐに帰る元患者さんが多い。
スタッフに声を掛けられながら、会場を後にする元患者さんが半分以上だ。
それは元患者とはいえ、元患者が知り合い同士という訳でもなければ、自分のように長くリハビリに通った人たちばかりではないだろう。
そんなに話すこともないかもしれない。
外来リハビリも途中で通わなくなる人も多いと聞いた。
自分のように長くお世話になった患者は少数派なのだろう。
別れを惜しみながらでも元患者さんたちが去り、残った元患者は10名ほどか。
いつの間にか自分は左に居た女性2人と3人で話をしていた。
聞くと看護師さんはこの日の勤務は休みなのだが、患者会があるということで、休日にもかかわらず参加したという。
自分は思わず、すごく熱心ですね、と発してしまった。
年齢は自分よりも6、7歳上で、長く仕事をしていると思うところがあるという。
いつ私も急に不自由な体になるか、と。
今のうちに、出来るうちに、やりたいことをやろう、とずっと秘めていたピアノを習い始めたそうだ。
自分はまたしても、すごいじゃないですか、と発してしまった。
人それぞれ、さまざまな環境や状況の中で新しいことに踏み出すのは、素晴らしいことだと素直に思う。
自分がこんな病気や後遺症を抱えてからは特にそう思う。
音楽好きで〇〇のライブに行ったとか、自分も中学生から聴いている〇〇のライブに申し込んでいるとか。
音楽アーティストの話で盛り上がり、女性2人からメッセージ交換出来るよう、ともだち登録しようとなった。
自分はその操作に慣れておらず手こずっていると、やりましょうか、と2人の登録を、さらっとしてもらった。
断るのも変だし、メッセージのやりとりを本当にするかどうかは分からないが、こんな時は流れに身を任せた。
ここの病院のスタッフさんと元患者さんと繋がるというのも嬉しい気がした。
それでも40分ほど居残り会話を楽しんで、最後まで残ったのは自分たち3人だけになり、そろそろ帰りましょう、となった。
外来担当の作業療法士さんはすでに会場には居なくなっており、他のスタッフさんに声を掛け、会場をあとにした。
1階まで3人で降りて、そこでそれぞれの帰る3方向に別れた。
あっという間の時間だった。
外来担当の作業療法士さん、女性の元患者さん、看護師さんの3名以外としか、まともに話は出来なかったが、とても充実した気持ちだった。
何より、この病院の関係の人と繋がれたのは心強く感じられ、安心感も生まれた。
と言っても用事もないのにメッセージを送るなんてことも出来ないので、実際は登録が増えただけかな。
無事行って楽しく過ごせ、無事帰れた、これだけで幸せだ。