先日の脳神経外科内科のMRI検査の結果を聞く診察とリハビリの日だ。
自分の診察は決まって午前の一番最後に予約が入っている。
ここへは春から夏、秋から冬へ、そしてこの初夏まで長く妻と一緒に通院した。
うつろう景色とともに変わらぬ病院の混雑が時の流れの速さと、人生の折り返しを自身に当てはめてしまう。
多くが中年以降、高齢者の患者だ。
若い人は家族だろう、付き添いの人と一緒に診察室へと流れて行く。
看護師が出てきて詳しく検査する日程の調整や入院の話をしている。
ここには病気を抱えている人しか居ない。
自分もその中に居る。
若い時は自分が長く通院するようになるとは思いもしなかった。
待合に居ると思うのは、病院とはまさに人生の縮図だ。
付き添いの人やスタッフとのやりとりで、その患者の人柄が見えてくるような気がする。
静けさの中にも慌ただしい待合で50分以上待ったか。
午前の受付で最後の診察予定なので想定内だ。
診察室から自分の名前が呼ばれ、妻と一緒に入った。
まず調子を聞かれ、次はMRIの検査結果だ。
数枚の画像を見ながら、特に変わり無く問題無いとの事だった。
眠剤の事を聞かれたので、飲むのをやめた事を伝えた。
そうですか眠れるようになって良かったですね、それじゃ病院としましてもこれ以上無いという事になるんですけど、また1年後念のためにMRIの予約は取れますけど、いかがですか、と自分が想定した通りの展開だ。
その答えまでは用意してなかったが、もういいかなと思え、いえそれは結構ですかね、とお断りした。
一緒に聞いている妻も何も言わなかった。
そうですか、それではこれで最後となるんですけど、と主治医から告げられた。
自分と妻はは循環器の病院に入院している時から診てもらい1年以上お世話になったことへの感謝の言葉を伝えた。
主治医にとってはこれまで数えきれない程の患者の一人だろうが、自分にとっては人生を救ってくれた医師の一人だ。
感謝は尽きない。
入院中の失意の中、とても優しく丁寧に話してくれた事を思い出す。
深く頭を下げ診察室を出た。
診察室入口に掲示されている主治医の顔写真。
その顔はマスクをしておらず、マスク顔しか知らない自分は、全く一致しない顔写真を一目見て診察室を後にした。
幾分減った待合を抜け、次はリハビリだ。