復職して早いもので、5ヶ月が過ぎた。
今回脳神経外科内科のリハビリで、職場に渡す為の診断書を出してもらう事になっている。
2ヶ月分の診断書でこの度で3回目だ。
2、3回目と遅れ遅れになってきた診断書だが、自分的にはあまり気にしていない。
診断書は職場に提出するが、形式的なもので、カタチとして示しているだけに過ぎない。
こういった書面は職場に提出したところで、会社の人は全く意に介さないからだ。
自分の病気や後遺症について病院から会社への配慮をお願いした内容になっているが、以前と全く何も変わりはない。

以前もここに綴ったが、自分の心臓の病気、僧帽弁閉鎖不全症についての診断書を提出した際も、こっぴどくお説教を受けた。
いやパワハラだ。
それは1時間半にも及ぶもので、一方的に理不尽で整合性のないヒステリー、癇癪(かんしゃく)を」受けた。
自分は一言も発さずにやり過ごしたが、心臓には大きな負担になったに違いない。
しかし、それは何も客観的に証明出来るものはないが、、、。
こちらが黙っていると面白いもので、相手は普段思っている、考えているだろうという事をしゃべる、しゃべる。
面白いようにしゃべる。
へー、こんな風に考えているんだ、ということを、ダムが決壊したかのように、永遠としゃべる。
それ言っていいんですか、という事まで。

会社の人は業務についての肝心な事は何も発信しないが、こんな時は本領を存分に発揮する。
自分を一室に閉じ込めての集中砲火だ。
何度かこういう事があり、この会社の人とはもう関わらないようにしようと決めた。
自分はこの会社の人の気持ちはとても管理できない。
復職に際しても、そういう心構えでいたし、それは今も変わらない。
そして特に何事もなく今に至る。

こんな風に自分を変えてくれたのは妻や療養中に関わってくれた人達だ。
何が変わったのか。
変化したのは自分の心の持ちようだ。
復職前と後ではメンタルにはっきりと違いがある。

以前自分は職場で起きる事の多くを敏感に、いや、今思うと過敏に考え反応していた。
それは今は無い。
周りの出来事は空気のように当たり前に存在し、自分がどうもがいても変わる事なく存在し、それぞれの世界を生きている。
それは自分もそうだし、周りもそうだろう。
これを本当の意味で気付けた時、すっと気持ちが楽になった。
こういう考えが自然に出来るようになれば、自分をすり減らす事なく自然体で居れる。
周りの出来事を過剰に考える事などしなくなり、ひいては防御せずとも自分を守れるような気がする。
自分が後遺症やPPPDを抱えた今、必要なメンタルだと考えている。

自分は傷ついてしまった。
ただでさえ、傷を背負ったこの体に、これ以上自分に余計な負担をかけたくない。
このあっさりとした思考に至ったのは、ごく自然な流れだったのかもしれない。

リハビリで外来担当の作業療法士さんから遅れ遅れになった診断書を受け取り、翌日さらっと会社の人に提出した。
そして何事もなかった。