6ヶ月振りに心臓の手術をしてもらった循環器の病院に診察に行った。
前回の診察の時に6ヶ月後の予約を入れてもらっていた。

この時期、この季節、この雰囲気、どうしても1年前を思い出す。
診察前の心電図検査を済ませ、待合いの席に座る。
12月も中旬を過ぎたというのに変わらない患者の多さにため息が出る。
全体的には年配の方が多いように見えるが、中には同年代か自分より少し若いかなという方も居た。
心臓の疾患は意外に多いと聞くが、それを診察、治療していく病院は大変だ。
高齢化社会にまっしぐらの日本は大丈夫か。
しっかりした病院は、どこも患者で溢れかえっているだろう。
そんな中、自分は手厚い治療をしてもらったのだと思えた。
今後、歳を重ね、日本社会の事情も変化し病院の状況も今とは同じではないというのは間違いないだろう。
医師不足、看護士不足、スタッフ不足で線引きされる患者も出るだろう。
想像しただけでゾッとする。
そんな事を思わせる待合に自分は居る。

数室ある診察室に呼ばれる患者。
そのペース、ピッチはクリニックのようなテンポではない。
じっくりと話す時間が必要な患者が多いのだろうと予想できる。
1年前、自分もここで院長と検査、手術、入院と話を進めて行ったのだ。
初めて会う院長に手術を勧められ、すぐに手術をお願いしたのは、つい先日の事のようだ。
とても、とても早い1年だった。
今でも夢ではないかと思えるような、自分がそんな病気や手術をしたのかと、違う世界の出来事のような気がしてならない。
隣にいる妻も色々思いを巡らせているだろう。

今日も患者らしき人がキャリーケースを引きながらエレベータに乗っている。
入院患者だ。
どんな治療を受けるのだろう。
お見舞いかなという2人組の人も居る。
自分の時は感染症の影響で家族の面会は制限されていたが、今はどうなんだろう。
今季も流行っていると聞くが。
自分の時は手術で脳梗塞を発症した為、特別に妻の面会が許可されたが、そんな方は今居るのだろうか。

思いは尽きない。
ざわついた待合で自分達2人は黙って待った。
テレビが見える位置で。
院長が予約を入れてくれるのは、いつも1番目か2番目だ。
そんなに長く待つ事はない。
有難い。

自分の名前が呼ばれた。
院長らしい小さめの声で喜怒哀楽のない無表情な声で。
コンコンコンとノックして診察室に入った。
挨拶を交わし、院長の第一声の声色で先生の様子を伺う。
というのも6ヶ月前の診察で、自分の言葉足らずで院長の不信感を買った気がしていたからだ。
自分はとても気にしていた。
まさか、あの時の事を覚えてはいないだろうか、と。

表情は人それぞれだが、院長は元々あまり表情に出ないタイプの方だ。
心の表情は、声や話し方、話す内容で伝わってくる。
今日はどうか。
そんな不安は無用だった。
院長は表情こそ変えないが、とても親身に状態を聞いてくれた。
どこか話しやすくなったくらいに自分も聞かれた事、聞きたい事を話せた。
遠慮の皮が1枚剥がれたような気さくな雰囲気で会話が展開した。
そして術後自分が院長に訴えていためまいの診断を受けた事を切り出した。

術後、めまいがしてグワーンというかクラーっとするんですけどって、先生その時1週間くらいすればおさまるからって言われたんですよ、覚えておられますか、あれがまだずっと続いていて、めまい専門外来で診てもらったんですよ、診断名はPPPDって言うんです、と話した。

院長はカルテか何かに書き込んでいた。
んん、PP、、、。
PPPDです、P、P、P、D、Pが3つでPPPデーです。
院長は書きながら、初めて聞くなぁ、とつぶやいた。
自分はちょっと嬉しい気持ちになった。
院長の知らない診断名を自分が教えている状況に。
自分からすれば循環器外科医なんて雲の上の存在に思っていて、自分の能力なんて比べものにならないような能力、知識等の持ち主と思っている。
実際、医師免許をもっている知人が居るが、それこそレベチだ。
それは圧倒的だ。
比べては失礼だと痛感している。
そんな医師に、知らない診断名を教えている自分が嬉しおかしく思えてしまった。
そんな事を思ってしまう自分は超底レベルだとも思った。
でも本当にデキる人は知らない事を恥ずかしがらず吸収するほうに全能力を使う。
自分もこうありたい。
自分の胸を切り開き、心臓を止め、心臓の中の弁をゴアテックスの糸で修復してくれた医師が目の前に居る。
正確には執刀医の監督役として指導したという立場らしいが、今は実際には手術は行わないという。

今日は以前より院長に勝手に親近感を覚えた。
次はまた6ヶ月後に予約をいれておきます、と院長。
はい、またお願いいたします、先生、自分の事忘れないでくださいね、と思わず口から出てしまった。
自分は院長にとって、多くの患者の一人ではなく、手術によって脳梗塞になり、後遺症が残り、今もPPPDに悩まされている患者と覚えておいて欲しいと願っての言葉だった。
忘れないですよ、とほんの少しだけ緩んだ表情に見えた院長が印象的な診察だった。
特に問題無く順調な経過との診察結果に、より一層安心出来た。

6ヶ月後、随分先の診察に思えるが、きっとあっという間なんだろう。
自分はどんな風に過ごしているんだろう。