2週間毎に行くリハビリの日だ。
予定の時間に行くと今日は少し様子が違った。
外来担当の作業療法士さんが女性の患者さんらしき方と一緒に座って話をしている。

自分に気付いた外来担当の作業療法士さんは〇〇さーん、こでーす、と手招きして自分を呼んでくれた。
妻と一緒に側に行くと、こちらにどうぞ、とリハビリ台に腰掛けた。
こちら〇〇さんです、と女性を紹介された。
自分より10歳くらい上の方だろうか。
小柄で髪が長く上品な感じの方だ。
外来担当の作業療法士さんは、この方の病状を自分にすごく簡単に話してくれた。
それは、これまで3回脳梗塞を患い入退院を繰り返していると。
3回もですか、と自分は少し大きな声を出して驚き、素直な表現をした。
外来担当の作業療法士さんは、お互いちょっと話されてみますか、と自分たち2人に降った。
すると女性の患者さんは自身の事を話し始めた。
そして話し始めたかと思えば、すぐに泣き始めてしまった。
まだ何も分からない状況だったが、女性の患者さんの辛さが自分とリンクしたのか、思わず自分も一緒に涙が出てしまった。
外来担当の作業療法士さんは、あらあら、と席を立ち、急いでティッシュを取りに行ってくれた。
苦笑いしながら、周りにリハビリの方が沢山いらっしゃいますけど大丈夫ですか、と気を遣ってもらったが、自分は大丈夫です、すみません、と涙を拭きながら女性の患者さんとの話を続けた。
なぜあんなにも簡単に涙が出てしまったのだろう。
自分でもよく解らない。
女性の患者さんは今後、頭を開いて脳の手術をする予定だという。
ざっくり言うと、女性の患者さんの脳の血管に奇形があり、将来も脳梗塞を再発してしまうリスクがあるという。
県外の病院での手術との事で、不安は大きいだろう。
自分は、そうなんですか、それは辛いですね、でも希望が持てて良くなるといいですね、と自分なりのエールを送った。

そして話は今の後遺症についてお互いの事を明かした。
自分は視野が欠けてるのと、左手に麻痺が残ってるんですよ、あとめまいと、そうそう数字が理解できなくなって、アナログ時計が暫く読めなかったんですよ。
あ、それ私もですーアナログだと何時か解らないんでデジタル表示の時計を買いました。
あー一緒ですね、自分なんか簡単な計算も出来なくなって。
私もですー、と同じ後遺症を持っている事で話が弾んだ。

自分だけじゃないんだ、そう知るだけで何故だか救われたような気持ちになった。
一体何の意識が働いているのだろう。
他人に後遺症の話をする時、相手はどう思っているだろう、理解してもらえているだろうか、といつも不安に感じていた。
後遺症の感覚なんて他人には解らない、自分のみぞ知る感覚だと思っているからだろうか。
それが共感出来た事で、同じ感覚を持つ人物に出会えた奇跡のような巡り合わせと思えるからだろうか。
そして後遺症の感覚について、少しは信じてもらえるだろうか、と考えてしまっている。

先日の患者会では同じ後遺症の人は居なかった。
何か物足りない感じがあったのは確かだ。
恐らく、この共感が弱かった為だろう。

20分ほどの時間を共にして女性の患者さんは帰られた。
次、会う事はあるのだろうか。
残りの時間は外来担当の作業療法士さんとの話だ。
先日の診察で、めまいでの紹介状を書いてもらった事を確認しあい、次のステップに進み、改善出来るかもしれない希望を伝えた。