家族や地域包括支援センターの方が一緒に母を宥め、1間くらいかけて母をクルマに乗せてくれた。
簡単な身支度をしてクルマに家族も乗った。
第三者が居れば母は少し落ち着く。
こんな状態でも、家族以外の人には恥じらいの気持ちがあるのだろうか。
これまで玄関先での騒ぎは近所の家にも聞こえていただろう。
母が家の前の道の真ん中でしゃがみ込み、向かいの家の人のクルマを通せなくしたり。
地域の噂になるに違いない。
この地域はまだまだ認知症の理解が乏しい。
地域で見守ったり、支え合ったりといった事の取り組みがなされていない。
家族はどうしても隠そうとしてしまう。
本人も家族も孤独だ。
母本人も辛かっただろう。
こうして朝から騒ぎを起こして、それでもなんとか病院への第一歩へ進む事が出来た。

家族の運転で、自分は母の隣に座り、クルマから飛び出さないよう見守った。
道中は母は一言も発する事なく大人しくクルマに揺れているだけだった。
自分たちも目的の病院は行った事も聞いた事もない。
市外の精神科の病院は全くの未知の世界で、家族全員、不安な気持ちで近づいたに違いない。

無事病院に着き母は、ここは〇〇病院だ、〇〇が入院していた病院だ、とこの病院を知っていた。
それでも母は乱す事なく家族の後を付いて歩き、受付へと向かった。
受付を済ませ、待合で待つ家族。
寂しそうに、悲しそうにうつむく母を見ていると、こんなかたちで母を病院に連れてくる事になるとは思わなかった。
落ち着いている母。
とても落ち着いている。
先ほどまで取り乱して泣いていたとは思えない。

どれくらい待っただろうか、名前を呼ばれ診察室に全員で入った。
先生はとても柔らかい感じの方で、感情が表に出るような気がしない。
雰囲気は将棋の藤井聡太さんのようだ。
母や家族に幾つかの聞き取りをし、認知テストもその場でこなした。
1時間近く診てもらっただろうか。
今日はこのまま入院するように告げられた。
そして3ヶ月はここでの入院生活になると。
母はとても落ち込んだ様子で黙って聞いていた。
その背中で何かを訴えたいのが伝わってくるようだ。

診察室を出て、母は下を見ながら歩き、看護士さんに背中や肩に手を添えられて行った。
家族だけでは、どうにも出来なかった。
これで良かったのだろうか、と家族全員複雑な気持ちで一杯だった。

この後、入院についての説明を担当の方から2間以上かけて聞いた。
ついこの間、自分が入院し、今度は母親だ。
入院の案内も料金システムも似ている。
自分は2ヶ月だったが、母は3ヶ月の予定だ。
長いぞ、3ヶ月は。
母は3ヶ月の入院生活に耐えられるのか。

病院を出て、最寄りのショッピングモールに行き、母の入院生活に必要な物品を買い出しに行き、再び病院に届けに行った。
その中には母の好きな甘いおやつを忍ばせて差し入れした。