外来リハビリの診察後、外来担当の作業療法士さんと会話した。
先ほど自分を診察してくれた先生の事で、一月に一回、県外から来て診察するという。
患者を診て高次脳機能障害の判定をする先生は多くないとも説明があった。
自分はどうなのだろう。
それはまたテストしていきましょう、と外来担当の作業療法士さん。
あとは報告だ。
自分は自動車学校に行って路上運転で教官から問題なしの判定を聞けた事と、復職について産業保健総合支援センターの力を借りたい希望を伝えた。
外来担当の作業療法士さんは、その方向で進めていきましょう、と快く引き受けてくれた。
これをお願いするにあたり、これまで色々な説明や事例を聞き、自分と会社の事情や、妻とも話し合いを重ねた上での決断とお願いであると外来担当の作業療法士さんも重々承知してくれている。
もう入院や治療、リハビリだけではなく、自分の復職にまでお世話になるとは想像もしていなかった。
それは家族も支えてくれる、そんな存在である。
外来担当の作業療法士さんは言う、この取り組みも、この病院で始めてからまだ1年経たないくらいで、事例も数名しかいないので私も勉強しながらなんです、と。
この復職支援は国が進めるもので、病気が原因で、なるべく離職とならないよう病院と一緒に支援していく事業との説明があった。
あとはこの産業保健総合支援センターは労働基準監督署とも連携していて、患者を支援してくれるとの話もあった。
この事も自分が復職に前向きになれた大きな理由の一つだ。
個人対会社では、どうしたって個人の立場が弱い。
しかも、病気をして後遺症もあり、会社にとって悪く思われている者が、普通に復職出来る訳がない。
やれるだけやって、ダメでもいい。
ここはこの病院と産業保総合支援センターの方にお世話になると決意した。
産業保健総合支援センターの担当者はすぐ近くの国立系の病院によく来ていて、この病院にも依頼があれば来てもらえるという。
では担当の方と連絡をとってみるので、一緒に面談をしていきましょう、と言ってもらえた。
同時に産業保健総合支援センターの資料を受け取り、今日の外来リハビリを終えた。
自動車学校の路上運転の件も、学校から通知が届いたら主治医に渡し、運転可の診断書を書いてもらい、それを最寄りの公安委員会に届け出るという流れ、と改めて説明があった。
まだこれからの流れがよく分からないが、この病院、外来担当の作業療法士さんにお世話になろう。
だいぶ世話のかかる患者と思われているかもしれないが、支えてくれる方がこんなにも居る事が、自分は生きてていい、生きている事を大いに味わっているような気がした。
公的な支援を受ける事の仕組みや意味にも触れ、こんな事にならなければ知らずに済んだかもしれないが、自分のように社会の一員になれる喜びを味わえるのは幸せだと思えた。
後遺症に腐らず、なんとか踏ん張っていきたい。
そう思えた外来リハビリであった。
もうこれはカウンセリングである。