いよいよ明日、退院の日だ。
当初の予定は3週間ほどだったが、最初の循環器の病院の入院から丁度2ヶ月の入院生活だった。
長かった。
脳梗塞を起こし人生が終わったと思っていたが、なんとか生活に戻れそうだ。
これも妻や病院、スタッフの皆さんのおかげだ。

今日もこれまでと変わらずリハビリをこなし、休んで、食事して、いつもの入院生活を過ごしている。

リハビリを終えて病室で休んでいる時、〇〇さーん、今いいですか、と心理士さんが来られた。
両手を後ろに立ち位置から上半身を斜めに倒し、笑顔の心理士さんだ。
いつも白衣の心理士さんはマジ顔だと少し怖い女性かなと思わせる雰囲気があるが、いつも笑顔で来てくれる、とても綺麗な女性だ。

これまでの入院中、4回話に来てもらった。
自分は明日退院なので最後に来てくれたに違いない、そう直感した。
心理士さんに話した事は、この病院に入院する経緯や脳梗塞が起こったことによる麻痺や後遺症についてだ。
あとはこれまで勤めてきた仕事、会社、復職への気持ちだった。
27年以上勤めてきたが色々あり、復職は希望しなかった。
その思いに至った経緯を話していたので、その話題に触れての気持ちの揺れを伝えた。
でも今は仕事も考えなければいけないが、自分に起きている麻痺や後遺症がどうしても受け入れられない。
なんとか時間を巻き戻せないかと思う日々だ。
目の前の心理士さんの顔もマトモに見えない。
視野が欠けて部分的に存在しない視野を受け入れる事が、どうしてもできない。
これまで心理士さんと何度も話を重ねても変わらない思いだ。
心理士さんは解決しようという話題はしてこない。
質問しては自分の気持ちを吐き出させてくれるような対応だ。

でもこれまでとは少し違った考え方も出来るように少しだけなっていた。
自分でも思うことがありネットで色々な思考の仕方を探りはじめており、良い見方で物事を考えれるように少しだけなってきたと思っていた。
それはこの病院のスタッフの方を見て色々考えさせられた事が自分の思考をそうさせた。
笑顔を絶やさず対応してくれたスタッフに、自分も気付かされた事が多々あった。
心理士さんはアドバイスのような話はないが、自分の話を否定せず、辛い気持ちに寄り添ってくれた。
自分は何が出来るか。
こうなった事にどんな意味があったのか。
自分がこれらをどんな意味にするのか考えさせられた。
出来事に意味を持たせよう。
他人に理解されなくてもいい、自分がそう思えればいいだけだ。

そして、今回の自分には3人の神が関わってくれているんですよ、循環器の病院では自分の執刀医が〇神先生、ここの作業療法士さんは神◯さん、同じくここの相談員さんは神◯さんと神が付く名前が3人も、凄くないですか、3人ていうのもいい数字でしょ、と。
先日気付いた自分を面倒みてくれた直接の担当者の名前だった。
今もここの病院の二人の名前が入った用紙がベッドの頭付近に貼られている。
自分はこの方達に守られてこんなに良くなることが出来た。
こんな話を心理士さんにして、心配してもらわないようにした。
目の前で心理士さんの目元に溢れて流れるものに気づいた。
視野が欠けていても見えた。
泣かれてるんですか、とすがさずティッシュを取り渡した。
多くを語らず静かに話す心理士さん。
自分は泣ける話などしてないつもりだが、心理士さんにはどう映ったのだろう。
ありがどうございました。また通院で見かけたら声を掛けて下さいね、と入院最後の心理士さんとの話を終えた。

前日の夜、妻と電話で話した時、通院もここにお世話になろうと決めた。
理由は妻の言うことが一番間違いないと思えたからだった。
いよいよ明日退院だ。