入院生活が始まってすぐに足りない物が出てきた。

循環器の入院が当初長くても20日くらいと思っていたので、それなりの準備しかしていなかった。

今の病院での入院がどのくらいなのかは伝えられていないし、見当もつかない。

 

妻に電話を入れる。

爪切り、爪やすり、肌の保湿剤、リハビリに似合う服、眼鏡、老眼鏡等々。

妻は快く返事してくれ、明日にでも持って来てくれる。

自分は半分不貞腐れた感じで、少しだけ無茶を言う厄介な子どものような思考だった。

転院を嫌がる自分を言い聞かすようになだめ、母親のような役回りをさせてしまった気持ちだ。

リハビリに奮起したり、病状に落ち込み、また這い上がる。

これを毎日毎日、何回も繰り返す。

どうしようもない自分に気持ちが着いていかない。

 

次の日、妻が来てくれた。

荷物の受け渡しという事でスタッフの方が自分を病室に呼びに来てくれた。

感染症対策の為、病室には入れないが、ナースステーションの前の病棟入り口で直接妻に会うことが出来た。

どっさりと荷物を渡してくれ、言っていたあれやこれや入っているから、と。

ナースステーションの目の前という事もあり、少し気を使った会話だった。

お菓子やジュースもあるから、と妻とのとても短い面会時間を笑顔で過ごすことが出来た。

一瞬の面会に妻に申し訳ない気持ちも同時に湧いた。

 

クルマの多い渋滞する時間の移動距離や、心配ばかりかけることへの情けなさに頭が上がらなかった。

目の前のエレベータに乗り込む妻を見送り別れた。

 

入院室に戻り早速荷物の整理にとりかかる。

一番上にあったのがお菓子とジュースだ。

病院なので当然酒はダメなので、せめて炭酸水をとジンジャーエールとオレンジの炭酸ジュースがあった。

自分の好きなものを把握してくれている妻は心強い。

あとは、ひとくちあんパンやチョコ、スナック菓子等々。

必要な物品も揃えてくれていた。

一気に入院部屋の棚と冷蔵庫が充実した。

妻に感謝。

 

自分は甘党という訳ではないが、妻の影響もあり甘いものを口にする機会が最近増えていた。

特にチョコ系は欠かすことがないくらいに家の冷蔵庫に常備されていた。

酒は弁膜症の影響で飲むと動悸が出るので、ここ3、4ヶ月飲んでいない。

なので病院でアルコールなしも、どうってことはない。

 

その荷物の中に一際目立つものがあった。

自分の眼鏡ケースだ。

JiNSの赤い眼鏡ケースに油性ペンで、とうさんがんばれ、と大きく太く手書きで書かれている。

妻が応援してくれている。

自分は見守られていると実感できる幸せに浸れた。

たくさんのものを持ってきてくれる妻の気遣いに感謝しかない。

 

入院前に切っていた爪が伸びており、不自由のない右手と不自由な左手、そして不自由な目で爪を切ってみた。

とても、とても切りづらい。

やりにくい。

見たいポイント付近が見えない。

特に近くのものが見えにくい。

自分は爪を切ったあとヤスリがけもする。

これも大変にやりにくい。

この何でもない爪切り作業に2時間を要した。

これだけで疲れ果ててしまいベッドに倒れ込んでしまった。

数十分経ったか、たまたま看護士さんが来られ泣き言を言ってしまった。

その看護士さんは笑ってサラリと交わした。

自分の落ち込みは深刻で、これからどう生活していこうか悩み苦しむ時間が続いた。

何気ないこれまでの行為が、とてつもなく難しくなる事を予想するには十分な出来事だった。

 

このあと妻に電話して泣き言を言ったのは言うまでもない。