病院から伝えられて外出し脳神経外科内科のある病院へ診察に行く日だ。

妻が同行してくれる。

今はとても一人では行動できない。

術後という事の理由だけではない。

目の見え方がマトモではない事が自分の行動出来る範囲を狭くしている。

例えば書類に目を通す事、文字を読み理解する事等、ほとんど無理だ。

スマホの文字や写真、動画が正しく見えない事が今の自分の基準になっている。

不安の中、午後から妻と一緒に診察に向かう。

 

妻が昼ごろ来てくれ、明るく接してくれた。

いつもの妻がそこに居た。

入院時に着て来た服を2週間振りくらいか、久しぶりに自分の服に袖を通した。

ちょっと痩せたかな、と言いながらゆるくなったパンツや服に笑顔で着替えた。

2月初旬の寒い日だ。

今、風邪をひいてはマズイのでネックウオーマーで暖かくして外出の準備を済ませた。

後は全部妻に任せている。

とても心強い。

情けないが自分では今何も出来ない人間になってしまった。

妻のクルマで予定の時間に入院している病院をでた。

久しぶりの外の世界は寒い。

どんよりした低い雲に、いかにも冬らしい日差しのない冬の気候がとても新鮮だった。

クルマの移動時間は5分とかからない距離に脳神経外科内科の病院があった。

この地域では名の知れた専門の病院だ。

まさか自分がここにお世話になるとは夢にも思わなかった。

駐車場で見るその病院は不安を倍増させるには十分な雰囲気だった。

こちらの病院に来るのは勿論初めてだ。

地元の人間なら多くの人が病院名を聞いた事があるだろう。

古い病院の印象があったが外観は新しい感じだ。

少しだけ柔らかい雰囲気に感じ、同時に勝手に想像していた古臭い病院とは違っており、少し安心した。

しかし自分の気持ちは受け付けられないものだった。

なぜ自分が脳神経外科内科の病院にかからなければならないのか、だった。

不貞腐れた気持ちで妻に先導され受付、診察の待合に向かった。

やはりそこは冷たい感じの寒々しいところだった。

診察室に呼ばれ、妻と一緒に入ったその部屋は暗い部屋だった。

後から聞けば今居る病棟は古く向かいに新しい病棟がある。

初めて会う先生。

こちらの先生がのちに入院し主治医となる先生だった。

循環器の病院で先日CT を撮ったデータを早速見て診断してもらった。

自分は小脳に梗塞が起きてしまったことで麻痺が起きたのは間違いないようだ。

この部位なら視野と左手なら、そういうことのようだ。

しかも梗塞は多発していると言われ、ゾッとした。

自分は目の見え方、視野と左手の麻痺、めまい、あとはとアナログ時計が読めないという知能の面が気掛かりだった。

この他に今は自分では気付かない障害や後遺症があるのか、とても不安だ。

目については先生からも、目ではなく、目で見た情報をつかさどる部位が損傷して視野が欠けている説明があった。

つまりカメラで言えばレンズではなく、レンズを通して入った情報を画像を生成する素子が損傷して正しくモニタに表示できていないとの事だ。

人間とっは、動物とは、脳とは良くできている。

普段何も考える事はないが正常に身体が機能している事がどんなに素晴らしく尊いものか。

脳とは実に大切かが改めて理解出来た瞬間だ。

循環器業院の主治医も手術前に言っていた。

脳は非常に弱く治療が非常に難しいと。

いくら四肢や臓器が正常でも脳を損傷を受けると正常には働かないという当たり前の事が自分につきつけられたと痛感した。

自分は言葉も出ず、先生の優しく現実を伝える内容にうちひしがれるだけであった。

多くの内容が耳に入っては頭で消していくような感覚があった。

受け入れられない。

とても受け入れられない。

それだけだ。

 

診察が終わり待合でしばらく待っていると、病院のスタッフがリハビリ病棟に案内してくれるという。

どうやら自分は循環器の病院を退院してすぐここに入る流れのようだ。

つまり転院になるという。

この手の病気は早期にリハビリを始めて機能を回復させる事が重要で、休んでいるヒマはないという。

リハビリ室の前まで案内され、そこのスタッフの女性を紹介された。

ショートカットがよく似合っているベテランっぽい女性だ。

のちに大変お世話になる方だ。

自分は到底受け入れられない現実に素っ気ない態度で突っ立っていたように思う。

循環器の病院を退院してすぐにでも家に帰りたい。

一度も帰れず、ここに転院という流れに納得がいかなかった。

自分の事を考えてくれているにもかかわらず、少し妻を責めてしまった。

早期にリハビリを始めて機能回復と、医療制度の関係で診断から180日以内の入院治療、リハビリが医療費も抑えられるとの事。

もっともだ。

遅くにリハビリを始めても、十分な回復は難しいとも聞いた。

自分に言い聞かせ、ここは気持ちを切り替えて受け入れるしかない。

受け入れられない事、受け入れなければいけない事のせめぎ合いだ。

こんな自分はここのスタッフにどう映っただろう。

それくらい自分は不貞腐れた顔をしていると自認していた。

ただ、ここのリハビリ室は広く多彩な器具が設置されている。

専門病院だけあって自分にはスポーツジムの設備のように見えた。

少しだけ楽しみな部分を見つけたきがした。

 

自分はここに続けて入院するのか、と思いながら脳神経外科内科の病院をあとにした。