一般病棟の一人部屋に移り、その部屋には備え付けの壁掛け時計がある。
ふとその時計を見ると時計が読めない。
何時か理解できない。
ボヤけて見えない訳ではない。
長針短針の関係が理解できない。
どうしたのか・・・・・
時計が何時何分を示しているのか・・・・・
何回見ても冷静に読もうとしても、やはり分からない。
大きな焦りを隠せずまた考え込む。
そしてしばらく動けない。
脳梗塞の影響がこんなにもあるのかと受け入れられなかった。
その時計が掛けられた壁を見つめてみる。
壁紙が貼られたそのうっすらとした模様をじっと見つめてみる。
その幾何学模様が機械的に動いているように見える。
その様子はとても細かく繊細で血液の流れのように見える。
一体何が見えているのだろう。
全体的にはオレンジかかったベージュ色をしており、丸や三角形の小さな物体が細い通路を一方向に動いている。
幻覚か、それとも見えなくなった目の代償で普通では見えないものが見える能力が付いたのか。
自分では自身の頭の中の血液か何かの流れが見えている気がした。
このとても不思議な体験は数日続いた。
そしてこの幾何学模様の形状は毎回違った。
そして目が回るようなこの感覚。
クラクラというよりは、グワーンというか、グワングワンする。
どう伝えればいいか。
例えば自分で寄り目をしてみるとグワーンとするあのあの感覚だ。
それでいて目の筋肉は疲れていない状態だ。
例えば度のキツイメガネを掛けてグワーンとするあの感覚だ。
それでいて視力は変わらず、目は疲れていない状態だ。
とても、とてもしんどい。
しかも見えないエリアが中心付近にあり、人と対面した時に丁度相手の目が欠けて見えない。
これは大変なストレスで到底受け入れられない。
どうすればいいのか、どうすれば治るのか、こんな事ばかり考える日々をこれから続けていくことになる。
めまいは幸い動かなければ自覚することはなく、寝たりじっとしていれば症状を忘れられる時間があった。
頭痛もない。
吐き気もない
以外にも立ち上がり歩いても真っ直ぐに歩ける。
とても理解してもらえないだろうが、こんな事が人間には起きるのだ。
このグワーンとした症状を主治医に訴えてみると、すぐ治るから、と。
その言葉を信じて我慢した。
が、この症状はずっと続く事になる。
左腕の力が入らない。
肩が抜けそうな感覚、自分の腕ではないような感覚、しびれ、コントロールできない左手。
無意識に右手でマッサージしてみる。
他の誰かに操られて思うように動かない。
無意識に右手で左手を持ち上げ、支えている。
幸い、親指と人差し指はしびれ、麻痺はないようだ。
小指が一番しびれ、麻痺が強く、薬指、中指の順でしびれ、麻痺が弱く出ている。
何かを掴もうとしても肘が高く上がり不恰好だ。
とても受け入れられない。
一般病棟に移りすぐに理学療法士さんが来てくれた。
手術前に来てくれたあの理学療法士さんだ。
自分をリハビリしてくれる為に来てくれたのだ。
あの時と同じようにとても優しく丁寧に接してくれて、自分の脳梗塞野を励ましてくれた。
その様子をみると、こういったケースはとても稀なことではなく、ある一定数起こってしまうものなのかと思るような接し方であった。
悲観的な事は発する事なく、前向きな言葉だけを使い前進するのみというような、それでいて終始優しい口調だ。
自分もこうでありたい。
そう思えるようなコミュニケーション能力を持っておられる。
この方のいう通りリハビリに励もうと思えさせてくれた。
この理学療法士さんに促され一番上のフロアにあるリハビリ室へ一緒に移動した。
立ち上がり部屋を出る準備を少しして理学療法士さんの後を着いて歩きエレベータで最上階へ。