ICUで診てもらって1週間は経つか。
やはり毎日が今日が何日か、何曜日かが分からない。
全くこの感覚は正常化しない。
これが巣通なのか。
それとも脳梗塞によるものなのか。
このICUで、今日の担当の○○○でーす、よろしくお願いしまーす。と、とても気さくに声をかけてくれた看護師さんが来られた。
なんだろう、人と人の出会いというのは。
この2、3秒程の挨拶で、スッと心が開き飾る事なく話せる感覚は。
自分は人が苦手だ。
特に初めて会う人は身構えて緊張してしまう。
できれば人を避けたいし、なんなら自分から友達作りなんて高度なことは無理だ。
人の名前も呼び方に躊躇するし、呼べない相手も居る。
そんな自分がその看護師さんに自己紹介されてすぐさま〇〇ちゃん?!と苗字の一文字と、ちゃんをくっるけて返してみた。
その呼び方はある芸能人と同じで定着しており、思わず自分も口から出てしまった感じだ。
その看護師さんもすかさず、そっ!と呼応してくれた。
そのとても短い、そっ!は今後もそれで呼んでよ、みたいなニュアンスを強く勝手に感じた。
そのとても、とても短いやりとりで一瞬に気持ちを楽にさせてくれる不思議な出来事だった。
こんなにも少ない会話で心が開いてしまうこのチカラは、なんなのか。
目が正しく見えないし、マスクで表情ははっきり分からないのに。
たまに居るよね、そんな不思議な魅力ある人。
なぜかホッとして心も楽になった短い時間であった。
いろんなスタッフがおられる。
看護師さんは殆ど女性だが、一人男性の看護師さんが自分の担当になった日があった。
その日はたまたま、下のお世話をしてもらう事になった。
もちろん自分より若い。
自分より年上のスタッフは医師くらいっか。
その男性の看護師さんもとても優しく声を掛けてくれ、作業にとりかかった。
自分でトイレに行けるようになったとはいえ、まだオムツだ。
お風呂やシャワーも1週間はできていない。
これもなた申し訳ない気持ちでいっぱいで、でもやってもらわないといけない。
寝たままベッド上で自分の下を処理してくれた。
お互いの会話をしながらの時間であった。
看護師さんに感謝。
このころになると毎日診察で診てもらっていた執刀医の先生からは一般病棟へ移る話が出ていた。
自分の手術でできた傷あとを診てもらいながら話してくれる。
それは順調に回復に向かっているということを同時に教えてくれた。
自分の手術の傷は首、乳首下の縫い目、そのすぐ近くの3ヶ所、陰部横の縫い目と6ヶ所だ。
とても手際よく短時間で処置していく。
主治医も入って来られ声を掛けてくれた。
主治医は、どうもすみません、と脳梗塞になってしまった事を謝罪してくれた。
謝られても二度と元には戻らない。
治らない。
でも先生のせいではない。
脳梗塞になってしまった経緯などを妻から聞いていた。
この手の手術では人工心肺装置を使用するが、この装置である一定数の梗塞が起きてしまうことがあるようだ。
血液が人工心肺装置を通る事により血栓に繋がるものが出来てしまい、それが体のどこかに飛ぶ事で梗塞が出来てしまうという。
が、この血栓に特別な色や名前が付くわけでもなく、自身の体でできたものかも知れないと。
体か機器で出来た血栓かどうかは分からないので医療事故ではないという。
これが自身の脳梗塞の起きた見解だ。
納得いく訳がない。
自分は心臓弁膜症で僧帽弁閉鎖不全症を修復してもらい、元気になって帰れると思っていたのが、これから一生背負っていかなければならない後遺症を抱えてしまったのだ。
これで仕事も失う。
元の職場に戻って今までと同じ作業はとうてい無理と思える程の後遺症だ。
今ある後遺症は、目の見え方に異常があり、視野が欠けて、絵が崩れたような見え方だ。
ボケて見えにくい訳ではない。
めまいがひどい。
グワングワンしており、例えて言えば度の合っていないキツイメガネを掛けているかのようだ。
それでいて視力は落ちていない。
お酒に酔ったような感覚にも似ている。
ただわりと普通に歩け、フラフラする訳ではない。
内耳や三半規管に異常がある感じではない。
あとは左手の麻痺だ。
腕は上がるようになったが自由には動かせない。
マリオネットの動きのように上から吊り下げられた腕を、ぎこちなく操っている感覚だ。
当然箸は持てない。
今自覚しているのはこの3ヶ所だ。
先生から妻に伝えられ教えてもらったのは、自分は小脳に梗塞がおこり、麻痺が起きた事を知らされた。
目が正しく見えないのは、目に障害が起きたのではなく、これも脳に、つまりカメラで例えれば、レンズではなく本体の画像をつくるグラフィックボードに損傷が起きたのだと。
そのせいか、目が見えにくいと簡単に言うが、視野が掛けている他に、光が眩しく感じ、全体がチラチラしている。
とても言葉には表しにくい。
人の顔を見ても肝心な相手の目が隠れてよく見えない。
とても、もどかしい思いをした。
一生このままか。
クルマの運転も出来ない、そう思った。
そんな状態になってしまった自分の体。
とても受け入れられるもんじゃない。
到底納得できない。
そう思っても、今の医学ではどうしようもないのに。
多くを失ったと考えてしまう。
この思いが常時巡った。
そういう現実を突きつけられての先生の毎日の診察だ。
そんな中、やっと一般病棟への移動が言い渡された。
ここからは一人部屋だ。
たくさんのスタッフに支えられた約1週間だった。
とても1週間とは思えない、長い長い日々だった。
痛みも落ち着き、少しは冷静に体に向き合えるようにしたい。
これからは回復期で動けるようになって退院を目指す。