以下、自己責任。
私の性癖は歪んでいる。
何故、知り合いにしか欲情出来ないのだろう。
一般的に世の男性が好んで良く試聴する“本やビデオ”。けれど私は、それらを観ても、何も感じない。どれだけ妖艶な美女が淫らな行為に耽っていたとしても、それだけでは私の性的興奮にとっての呼び水にはならない。
私は、それらの登場人物を脳内で知り合いに“差し替える”ことによって、初めて性的興奮と結び付けることが出来る。
つまり私は、知り合いにしか性的魅力を感じない。
逆に言えば、知り合いであれば、誰でも性の対象になりえるということである。
・・難儀。
何故、相手に優位に立たれる状況にしか燃えないのだろう。
自分が優位となるシチュエーションには余り興味がない。
逆に、相手に主導権を奪われる方が、余程興味をそそられる。
だから、性行為に対し積極的でない人物は、自然と私の“対象”から除外れる。
・・難儀。
何故、徹底的に壊したがるのだろう。
私は相手が中途半端に感じ満足することを許すことが出来ない。
相手から目隠しと猿轡により視覚と言論、手枷足枷により手足の自由を奪い、その上で徹底的に性的刺激を与える。余計な外的刺激がない分、感覚は研ぎ澄まされ、快感は普段と比較にすらならない。
未だ実際に実行へと移したことはないが、いつもその願望が、胸の奥に燻っている・・・
・・難儀。
私は、コワれているのだろうか?
私の性癖は歪んでいる。
何故、知り合いにしか欲情出来ないのだろう。
一般的に世の男性が好んで良く試聴する“本やビデオ”。けれど私は、それらを観ても、何も感じない。どれだけ妖艶な美女が淫らな行為に耽っていたとしても、それだけでは私の性的興奮にとっての呼び水にはならない。
私は、それらの登場人物を脳内で知り合いに“差し替える”ことによって、初めて性的興奮と結び付けることが出来る。
つまり私は、知り合いにしか性的魅力を感じない。
逆に言えば、知り合いであれば、誰でも性の対象になりえるということである。
・・難儀。
何故、相手に優位に立たれる状況にしか燃えないのだろう。
自分が優位となるシチュエーションには余り興味がない。
逆に、相手に主導権を奪われる方が、余程興味をそそられる。
だから、性行為に対し積極的でない人物は、自然と私の“対象”から除外れる。
・・難儀。
何故、徹底的に壊したがるのだろう。
私は相手が中途半端に感じ満足することを許すことが出来ない。
相手から目隠しと猿轡により視覚と言論、手枷足枷により手足の自由を奪い、その上で徹底的に性的刺激を与える。余計な外的刺激がない分、感覚は研ぎ澄まされ、快感は普段と比較にすらならない。
未だ実際に実行へと移したことはないが、いつもその願望が、胸の奥に燻っている・・・
・・難儀。
私は、コワれているのだろうか?