今日は、ついに告別式が執り行われました。

正午に告別式を開始して、終わり次第引き続けて

三十五日の追善の法事を繰り上げて行い、

その後場所を火葬場に移して火葬、骨壷に納骨、

また場所を移し、実家に程近いお墓で(仮)納骨して、

最後に、最初の葬儀場に戻り、忌中払いを済ませました。


皆さん、今日は驚いていましたよ。

火葬したときのことなんですけどね。

私は、火葬に立ち会ったのは今回が初めてなのですが、

超高温の火炎で焼かれて、白い骨だけになった祖父を見るなり、

同席していた親族の方々が、何やらざわめき出しました。

『何かおかしい(奇妙な)ことでも、あったんですかね?』と

不思議に思っていると、担当者の方が、

「素晴らしいですね。私も、長年この仕事をしていますが、

こんなに見事なお骨は、初めてですよ。」と云う、

説明(と言うより、自分の素直な感想)をしてくれました。

なるほど、そう言われて見れば、祖父の頭蓋骨は、

どこも割れたり崩れたりしている場所はなく、

ほぼ完全な形を残していました。

(後でこっそり祖母にそのことを尋ねてみたところ、

「あんなちゃんとした形で出てきたのは初めて見たし、

話にも聞いたことが無い。」と返されました。)

参列者が大勢来てくれたことも、前述したことと共に、

皆さんが驚いていたことでした。

やっぱり、そのヒトの人間性と云うか、生きる姿勢や人望は、

死んだときに(死んでから)分かりますね。

私は、今日、私の祖父を、誇らし気に感じました。


結局、私は祖父が逝ってから、一度も涙を流しませんでした。

・・いえ、それは間違いですね。一度だけ、ありました。

今日、実家から葬儀場に行く霊柩車の中で。


出掛けると云うときになって、実家の玄関の鍵が

ちゃんと閉まらないと云うことに気が付いたらしく

(家にはいつも祖父母が居たため、施錠するのは何年か振り)、

鍵を持った父が、皆が見る中で悪戦苦闘していました。

私はそれをルームミラーでこまめに確認しながら

(私は遺影を持っていたので、先に乗車していました)、

「なかなか閉まらないみたいですね。それにしても、

あの玄関を閉めるのは、どれくらい振りになりますかね?」、

「皆さん、仕事があるのによく集まってくれましたよね。

皆さんに、感謝しなければいけませんね?」

などと、物言わなくなった祖父に、語りかけていました。

・・いつからそうなっていたのか、わかりません。

気が付いたときには、私の頬を、涙が伝っていました。

・・今思えば、あれが、たとえ一方的だとしても、

祖父と会話をした、最後のときでした。


明日は、ハードスケジュールです。

とりあえず、午前3:00に家を出発します。

早く眠らなきゃいけないのに、そう思えば思うほど、

眼が冴えてしまいます。

・・祖父に「おやすみなさい。」を言い忘れてました。

これが書き終えたら、行ってきます。