今日から小学校が始まりました。
長い夏休みだったような、短かかったような・・・。
それにしても、子供達がまだ学生であれば、親も一緒に夏休みを楽しむことができますが、社会人になったら、こんなに長い夏休みを感じることもなくなると思えば、夏休みというのは、親ももっと一緒に楽しむべきものだったのでしょう。(気づくのが遅すぎましたが
)さて、そんな夏休みにポーセラーツを体験された小学生、幼稚園生の作品です。
こちらは、電車の転写紙を使用。
お皿の裏まで、「線路が続くよ~。どこまでも。」という感じで、楽しいプレートになりました。
こちらは、働く自動車に、飛行機。
可愛い女の子の作品ですが、こういうマグもいいですね。
そして、こちらはこの夏、海や水族館には行かれましたでしょうか?
可愛い海の生物が沢山登場した、愉快なプレートになりました。
さて、夏休みと言えば子供の自由工作や、読書感想文などがあり、子供の宿題はある意味親の宿題でもあります。
今回、次女が読んだ本は、重松清さんの“きよしこ”
私的な話になりますが、長女に小学生の頃読ませて以来、はまってしまった作家の一人で、今回また改めて読み直してみました。
彼の小説に出てくる故郷の言葉が、妙に何処かで聞いたような、懐かしい感じを受けていたところ、実は彼が中学、高校と過ごした場所が、私と同じ山口市だったということがわかり、尚更勝手に親近感を感じていました。
田舎の素朴な子供達は、やがて都会へ憧れて進学する子、故郷に残る子と分かれてしまいます。私は、前者で、東京の大学へ進学したため、今ではふるさとは遠い所になってしまいました。それでも、その後の環境が変わっても、子供の頃の影響を受けた場所が同じなら、何か共通するものを持っているような気がするのは、先日の同窓会に出席したからでしょうか?
著者自身も吃音で、幼いころから悩み、苦しみを抱えていましたが、
最後に書かれていた所が、メッセージのようで、とても温まるものでしたので、ご紹介します。
うつむいて、ぼそぼそとした声で話せばいい。ひとの顔をまっすぐに見て話すなんて死ぬほど難しいことだと、僕は知っているから。
ゆっくりと話してくれればいい。君の話す最初の言葉がどんなにつっかえても、ぼくはそれを、ぼくの心の扉を叩くノックの音だと思って、君のお話が始まるのをじっと待つことにするから。
君が話したい相手の心の扉は、ときどき閉まっているかもしれない。
でも、鍵は掛かっていない。鍵を掛けられた心なんて、どこにもない。ぼくはきよしこからそう教わって、いまも、そう信じている。
“きよしこ 著 重松 清 新潮社”
今日も、心穏やかに過ごしたいと思います。(希望)
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