ハッピーなお茶碗と幸福は花びらのごとく | ポーセラーツ&シュールデコール【Atelier Memory】の教室ブログ 栃木県宇都宮市

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今晩は。

こちらは生徒さんがお嬢様お二人の為に作られたお茶碗です。

可愛いハート模様で、イニシャルも入っています。
ちっちゃなおててで、このお茶碗をもって、元気いっぱいにご飯を食べられる姿を想像しただけでも、私まで幸せな気分。

どうぞ、ママの手作りお茶碗で、大きくなってくださいね。


何気ない日常、当り前の日常こそが、幸せなのでしょうか?
最近は安倍政権の集団的・・・など、ニュースで知るたびに、子供達の未来は一体どうなっているのかとふと考えます。

今日は、義父の家までリリーちゃんを返しに行きましたが、ちょうどその時、義父の二つ年上の方が、お亡くなりになって義父も告別式へ。

かねてより、その方が特攻隊の生き残りということを聞いていて、気になってはいましたが、お会いしないまま、天国へ召されました。

海軍予備学校で心身ともに鍛えられていたのでしょう。大きな体の方だったようで、具合が悪くなってもご自宅で床にふされていたようで、弱音を吐かず、ギリギリまで我慢なさっていたご様子。
鍛えられていたかたは、最期まで強靭です。



義父が、その方のお話をしながら、出してきた本「幸福は花びらのごとく 指揮官たちの特攻 著 城山三郎 新潮文庫」
思わず、「すぐに返しますから」と言って持ち帰り、一気に読んでしまいました。

神風特別攻撃隊第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。敗戦を知らされないまま、玉音放送後に「最後」の特攻隊員として沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。海軍兵学校の同期であった二人の人生を対比して、23歳の若さで散って行った哀切のドキュメントノベル。城山文学の集大成でした。

その中で、
宇佐航空隊に近い中津の筑紫亭の建物は今もある。床柱、鴨居に無数の刀きずが残るのを取材中の城山さんは目にした。白刃をかざして斬りつける特攻隊員たちの声が聞こえてくるように感じている。

「おれは死ぬ、死ぬんだよ、お母さん、こんなに元気なのに。ごめんね、お母さん。おれの分まで達者でね、お母さん」
「この世にこんなことがあっていいいのか。特攻を考えた奴は、修羅だ。特攻を命じた奴も、修羅だ。よおし、それなら、俺たちが本当の修羅になってやる。みてろよ、本当の修羅とは、どんなものか!」

特攻攻撃を命じられて、死にたくはない死をとげ、生きのびても敗戦後、「特攻くずれ」などという言葉でいやしまれ、忘れられがちであった男たちの声なき声。
聞きとって、城山さんはどうしたか。

「私は痛ましくて、たまらなくなり、ごめんね、ごめんね。心の中でつぶやきながら、刀きずを撫で続けた」
 海軍へ志願し、書き残すべき責任を負ったと自覚する城山氏ならではの「ごめんね」である。


平成16年の当時は城山氏はまだご健在。静かな証言者ともいうべき方は、今の混迷蛇行の日本を、あちらの世界でどう思われているのでしょうか?

不思議なことに、今日の記事をおもうままに書きましたが、この作品を作られた生徒さんのご両親様も、大分の中津にお住まいなのに、気付きました。

中津にある筑紫亭。
出撃前夜の特攻隊員が刀を振るって斬りつけた柱の残っている部屋があるそうです。

泣きながら振り上げた刀。酔いのためはじかれた刀、さらに激して斬りつけた刀。
刀きずがふえれば、ふえるほど、隊員たちはさらに激して、刀を振り上げる。
身も裸。心も裸になる。
きれいごとの世界を踏みにじる様に、隊員たちは白刃をかざして踏み込む。
世界も世間も、真っ二つに裁ち割り、世界も世間も消える。
残っているのは、妻の顔、婚約者の顔、親兄弟の顔・・・・


今日も話が別の方向に進んでいってしまいましたが、謹んでご冥福をお祈りいたします。








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