以前クラッシック好きの病床のお父様へ、お嫁に行かれたお嬢様がチェロを持ち帰り、そばで弾かれたという記事を書いたかと思いますが、そのお父様との最期のお別れの式に出かけました。
一度だけしかお見かけしなかったのですが、背筋をピンと伸ばして歩かれるお父様の毅然とした姿が、今まで歩んでこられた人生の全てを物語っているように感じた記憶があります。
最近はおめでたい式に呼ばれることより、お別れの式に呼ばれることが多くなりました。
亡くなった方が、決して近しい方ではなくても、それぞれの方が人生の終焉を迎えられるにあたって、本当にご苦労様でしたという言葉と、感謝の気持ちがわいてきます。
お父様ご自身の立派な辞世の句も残されていらっしゃいましたが、煌く星々に見守られて、静かにこちらでの88年の生涯を閉じられました。
最期まで、ご自宅で看られたご家族の手厚い介護にも脱帽です。
お父様の時計の針は、止まってしまいましたが、きっと違う時計の針がもう刻み初めているのでしょうか?それとも、もう時の概念もない世界なのでしょうか?
先日読んだ子供向けの本に、良寛さまのお話がでていました。
良寛様は托鉢に出かけるときは、いつもふところにおはじきや手まりを入れていて、子供達に会うと、すぐに取り出して遊ぶ子供好きのお坊さんで、一休さんと同じく貧しいくらしをしたお坊さんでもあります。
その良寛様の辞世の句ともいわれているものを、ご紹介します。
形見とて何か残さん春は花山ほととぎす秋はもみぢ葉
うらを見せおもてを見せて散るもみぢ
散る桜残る桜も散る桜
桜の句は、よく特攻隊員の手紙に書かれたということですが、良寛様の辞世の句であるかは定かではないようですが、どの句もしんみりしますね。
ご冥福をお祈り致します。
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